部下の人間心理に踏み込んだ孫子の教え

2600年近く前に兵法書として書かれた孫子ですが、どうして今もなお、読み継がれているのか。それは、戦いの戦術が、現在のグローバル競争が活発な企業経営に通じるところがあるというのも一因でしょう。著者は、孫子が説く教えを主に人間の心理構造に照らし合わせて読み解きながら、どう組織を運営し、人材を生かしていくかの知見を浮き彫りにしています。

例えば――。「これを犯(もち)うるに事を以てして、告ぐるに言を以てすること勿かれ。これを犯うるに利を以てして、告ぐる害を以てすること勿かれ」という孫子の記述。著者によると、「兵には任務を与えるだけで、理由を説明するな。有利なことを告げるだけで、害になることを告げるな」という解釈のようで、何やら現在の価値観からすると、多少の違和感を覚えます。そこには、孫子独特の心理描写を踏まえた洞察があると、著者は強調します。

孫子の意図は、現場に考えさせるな、ということではなく、あらぬ疑いを避けよ、ということだろう。それは、戦場での兵の情がマイナス思考になりがちなことを理解した上での、そのマイナス思考が生みがちな疑心暗鬼を避ける、ということである。
作戦の背後の理由を細かく聞かされた兵、作戦がもたらす利と害の全体をもらさず聞かされた兵、彼らは結果として、何を考えることになるか。それを孫子は懸念している。
結果としては、疑心暗鬼ばかりが生まれるのがふつうだ、と孫子は考えているのである。理由を聞かされれば、本当にそうかと疑い、他の理由もありうると思い始める。害を聞かされれば、まだ伝えられていない害がさらにあるのではないかと考えてしまう。兵がマイナス思考になっていれば、そうなりそうである。そして実際、厳しい戦場で命を賭す兵たちは、マイナス思考になりやすい。それでは、厳しい戦場での最後のふんばりは生まれない。(中略)
しかし経営の世界ではしばしば、「なぜかを説明しなければ、人はついてこない」といわれている。任務を告げるだけでなく、その理由も説明しなければならない、ということである。その経営の常識と逆のことを孫子はいっているように見える。だから、逆説的に聞こえるのである。
(第3章 兵の情 135~136ページ)

戦略的思考を導く金言

「敵を知り己を知れば……」の孫子の言葉。恐らく広く知られた教えの一つではないでしょうか。第5章「戦略的思考とは」でまず始めに取り上げられています。実は、著者は有名な言葉の後に続く表現にも言及し、著者ならではの解釈を加えています。

そこで紹介しているこの言葉。「彼れを知りて己を知れば、勝ち乃(すなわ)ち殆うからず。地を知りて天を知れば、勝ち乃ち全うすべし」(地形篇〈第十〉)。よく知られている、敵や己を知るだけというのだけではだめで、天や地という「環境条件」を考えることが重要だと指摘する点が、経営学者ならではの見解といえるかもしれません。

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