日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/9/26

多くの学生がクレモナまで来ることができなかったため、アカデミア・クレモネンシスの収入は激減した。しかし、外国人の学生がアパートに取り残されないよう、パンデミック中も学校はほぼ開かれていた。「世界中から集まった学生たちが互いに助け合い、人けのないクレモナで小さなコミュニティーを築く姿を見てうれしく思いました」

幸運に恵まれなかったバイオリン関係者もいる。ルッキ氏のもとには失業したバイオリニストたちから悲痛な電話がかかってきた。家族を養うため、大切な楽器を売りたいという内容だった。パンデミックがハリケーンのように猛威を振るうなか、ルッキ氏は扉を閉め、来る日も来る日もバイオリンを製作していた。ルッキ氏の心には仲間たちの絶望が重くのしかかってきた。

イタリアでは新型コロナウイルスワクチンの接種率が高まっており、クレモナの人々の気持ちも高まっている。ルッキ氏によれば、旅行者が再び街を歩く姿を見たとき、住民たちは喜びをかみしめたという。

9月下旬には、毎年恒例の国際見本市クレモナ・ムジカが復活予定だ。このイベントは、職人たちが世界中のバイヤーや音楽家に自分たちの楽器を紹介する場だ。ルッキ氏によれば、2020年はオンラインで開催され、売り上げはほとんどなかったという。

クレモナでバイオリンに関わる人々はイベントの再開にワクワクしているが、同時に不安も感じているとルッキ氏は話す。「世界はまだクレモナとクレモナのバイオリンを必要としているのか。私たち皆がその結果を待っています」

イタリア、クレモナにあるマスタールシアー、ジョルジョ・グリザレス氏の工房でバイオリンのスクロールを彫る若き職人(PHOTO BY MARIA MORATTI/GETTY IMAGES)
クレモナの工房でバイオリンの裏板を取り付ける職人。17年9月撮影。バイオリンの作者と産地を特定できるバイオリンの板は職人たちの誇りでもある(PHOTO BY MARIA MORATTI/GETTY IMAGES)
ストーファー弦楽器センターで練習する学生たち。イタリア、クレモナにある17世紀の大邸宅を修復してつくられた新しい音楽学校だ(PHOTOGRAPH BY FONDAZIONE STAUFFER (C) MATTEO BLASCHICH STUDIO PI-TRE)

(文 RONAN O'ONNELL、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2021年9月10日付]