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松下洸平 この気持ちを曲で残せたらとの思い途切れず

松下洸平インタビュー(下)

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NIKKEI STYLE

日経エンタテインメント!

2019年の朝ドラ『スカーレット』で一躍、注目の存在となった松下洸平。以降、役者としてドラマに舞台に、順調にキャリアを重ねている。その松下が8月にCDをリリースし、シンガーソングライターとして念願の音楽活動を本格化させた。前回「松下洸平 歌詞の世界と自分をリンクさせるのが難しい」に引き続き、秘めていた歌への思いをたっぷり語ってもらった。

シンガーソングライターへのこだわり

R&Bに親しみ、ダンスの素養もある。しかも美形とくれば、華やかなダンス&ボーカルという選択肢も多分にあっただろう。しかし、思いをストレートに伝えられるシンガーソングライターにこだわったようだ。

「専門学校に通い始めてまもなく曲を作り始めて、路上ライブで披露したりもしていました。今思うと、聴くに堪えないひどいレベルですが(笑)、それでも自分で書いた歌詞をメロディーに乗せて自分の声で歌うことはすごく楽しかった。自分のありのままの気持ちを曲にして歌う楽しさという点では、シンガーソングライターに勝るものはないんじゃないかと思ったんです。

当時は楽器が弾けなかったので、鼻歌で作ったメロディーをミュージシャン仲間に聴いてもらって、コードを付けてもらって歌っていました。その当時から、自分が聴いてきたR&Bと古き良きポップスをかけ合わせたような、親しみやすい曲を作ろうとしていたとは思います。

歌詞は……当時の僕は聴き手の気持ちなんて一切考えていませんから、『これ、誰が聴くねん!』って突っ込まれそうな(笑)、すごくパーソナルな部分をさらけ出したものでした。僕にとって曲を作り歌うことって、創作であり、思っていても解決できないもやもやをぶつける、吐き出す昇華活動でもあったんですよね。カケラだった思いが、少しずつ曲になっていく過程の1つひとつが大切でした」

穏やかで理知的な空気をまとう松下だが、内側に燃えるように熱いものを秘めているようだ。その熱は、俳優として彼をステージで光り輝かせる源にほかならない。その強い熱があったからこそ、彼は音楽を諦めることがなかったのだ。

「表立った音楽活動から距離を置いて10年ですが、その間も仕事やプライベートで出合った感情を、『この感覚、曲になりそうだな』『この気持ちを曲で残せたらいいのに』という思いは、ずっと途切れませんでした。10代の僕がそうだったように…いや俳優として活動するようになってなおさら、思いを曲にして吐き出すという作業が必要不可欠になっていったんだと思います。

だから、誰が聴くわけでもないけれど、ピアノを弾いて歌を作り続けていました。でも、そうやって完成した曲は自分にとっては思い入れも人一倍あるので、やっぱり今度は誰かに聴いてほしくなり、年に1度ですが、小さな箱でのライブを細々と続けてきました。

すると、『今日、ライブで聴いてもらった曲がCDになって次のライブのときにみんなで一緒に歌えたら、きっと楽しいだろうなぁ』とか、『オーケストラや素敵なバンドメンバーがいて、お客さんもたくさん来てくださって、そこでこの曲を歌えたらどんなにいいだろう』と、かつての夢がうずきだしたりして(笑)。

一生懸命に作った曲という種を、ライブに来てくださった方だけにそっと見せ、またポケットにしまい込むということを繰り返していくうちに、『大事に作った曲なのに、自分がふがいないばかりに音楽の種を育てる畑もなく水をやることもできないのか』と思うと、自分にフラストレーションを感じることも増えましたね。

でも、ありがたいことに俳優として活動の場が広がっていろいろな経験をさせてもらうようになったときに、しまい込んでいた音楽の種たちをこの新しい経験のなかで広がった自分の畑にまた植えてみたいと思うようになりました。ただ、音楽の種を俳優という畑には植えられないから、その種をポケットから出すことはできない。だから、『もう一度デビューしたい』というのは、僕にとって密かな思いでした。

でも俳優として知ってもらえるようになることで、いつかは自分の音楽のことにも興味を持ってもらえるんじゃないかと希望的な観測も抱くようになって。結局、俳優の仕事が順調であるほど、自分の中で音楽への可能性を捨てきれなくなっていったんだと思います。

朝ドラに出演させていただき、たくさんの方が僕を知ってくださったことでそれまで人知れずやってきた音楽にも興味を持ってもらえるようになって。そのタイミングで、音楽でもう1度勝負させてもらえる機会をいただいたので、今このタイミングしかないと思い、デビューが決まりました」

俳優としての経験が可能性を広げる

大輪の花を咲かせるべく音楽のフィールドへと戻ってきた松下洸平。俳優としての活動と並行して歌うからこそ伝えられる思いや表現は、きっとこの先、長く音楽活動を続けていくための武器となるだろう。

「俳優としては10年以上たちましたが、ミュージシャンとしては"ど新人"です(笑)。ただ、俳優としての時間があったから『つよがり』を歌うことができたのかなとは強く感じますね。この曲は、20歳そこそこでは歌えない歌詞ですし、松尾さんに書いていただいたことで、自作の曲では見えない世界も見えるようになりました。誰かの力を借りて表現することで可能性が引き出される感覚は、俳優をやってきたからこそ感じられる面白さだなと、実際に歌ってみて思いましたね。

やはり自分の中で生まれるものって限界があるし、どうしても枠にはまってしまいがちになる。そんなときに、「こんなのどうかな」と松尾さんがさらっとくださる助言で視界が一気に広がるなんてことも多々あり、今回たくさんの刺激をいただきました。そういったアドバイスも、デビュー当時の自分では反応すらできなかったと思います。その貴重な言葉を受け取りなんとか反応できたのは、俳優をやってきてたことで得た経験が大きかったです。

制作する過程では産みの苦しみや葛藤もありましたが、むしろ、作る楽しさを感じることのほうが多かったです。たくさんの方が関わってくださっているから、以前のように僕1人の思いだけではすまない。08年のデビュー時と自分の置かれている状況も全く違います。いろんな人と思いを共有する難しさはありますが、そのぶん、音楽を作る楽しさは今まで以上に感じています。

これからは、今を生きる人に必要な歌がどんなものかを考えながら制作したいと思っています。自分の思いを吐き出すことも大事ですが、年齢や経験を重ねて聴く人が世界に入りやすいような間口の広い曲を作りたいと思うようになりました。歌詞を書くことが好きなので、歌詞の可能性にも挑みたいと思っていて。例えば、世界中にあふれるラブソング、誰かを好きだと歌う曲のなかで、聴いた人が「こんな表現があるんだ」という意表を突いた曲を作ってみたいですし、歌えたら楽しいでしょうね。

音楽的には、自分の根っこにあるR&Bとポップスを融合させた親しみやすさを大切にしながら、曲を作り続けたいです。素晴らしいバンドやオーケストラと一緒に大きなステージでライブをするという長年の夢も実現したいですし、音楽の畑でやりたいことはたくさんあります。じっくりと少しずつ種を育てていきたいですね」

(ライター 橘川有子)

[日経エンタテインメント! 2021年9月号の記事を再構成]

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