京大の開拓精神支えに環境の未来を開く レノバ木南氏木南陽介・レノバ社長兼CEO(下)

木南陽介・レノバ社長
木南陽介・レノバ社長

太陽光や風力、バイオマス、地熱など自然の恵みを力にする再生可能エネルギー事業を幅広く手がけるレノバ。25歳で起業し、東証1部上場へと同社を率いてきた木南陽介社長(46)は、兵庫県立神戸高校、京都大学総合人間学部の出身だ。京大時代は学生仲間と起業を経験。経営や事業戦略について本格的に学びたいとマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社した。環境ビジネスで起業したのはその2年後。現在は同じ京大OBの千本倖生氏と社長、会長コンビを組む。

1993年4月、京都大学総合人間学部に1期生として入学した。

兵庫県立神戸高校2年のとき、京都大学に新しく総合人間学部が創設されると知りました。従来の高度に専門化された学問体系に対するアンチテーゼのようなコンセプトで作られた学部で、文理融合・学際的な学びができる点が魅力的でした。同じ学部の中にコンピューターを学んでいる学生もいれば、遺伝子について学ぶ学生、精神病理学や経済学について学ぶ学生が一緒にいるというのが非常に面白かったですね。何をどういうアプローチで研究するのか自ら模索し、複雑な学問領域をつなげながら再構築していくという難易度の高い課題に、学生はもちろん先生たち自身も果敢に挑戦する、ある意味実験的な状況でした。

私は山や海を遊び場として育ち、自然と人間のせめぎ合いの中で起きる環境問題の解決に関心があったので、主専攻は環境経済学、副専攻は物質環境論とし、文系・理系両面からのアプローチを設計しました。環境経済学では今で言う再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)のような経済政策による解決手法を研究し、物質環境論では海が持つ二酸化炭素(CO2)の吸収能力に注目して、和歌山の海で溶存酸素量の測定をしたりしていました。ただ、なかなかその融合は学生には難しかったですね。

こんな話をすると勉強ばかりしていたように聞こえますが、そういうわけではなく1、2年生のときはバンドと旅に熱中していました。高校の頃からギターをやっていて、U2やレディオヘッド、ニルヴァーナなどをよく聞いていました。旅のほうは「一人旅サークル」に入っていました。サークルといっても、メンバーは各自1人で旅をして、帰ってきたら食事がてら「あの峠の越え方」とか「あの島から島に渡る方法」とかを語り合うだけなのですが。

3年生の夏休みには大阪から鑑真号というフェリーで上海に渡り、そこから北京を経由してウルムチ、パキスタンまで50日くらいかけてシルクロードをたどりました。電車とバスを乗り継ぎ、パオに泊り、何日もかけて砂漠と草原を進みました。当時まだ発展途上だった中国やウイグルの人たちの暮らしを体感し、世界は広いと感じました。最後の目的地はパキスタンにあるナンガパルバットという8000メートル級の山です。その写真がとてもきれいで、間近に見たいと思っていたのです。そういう旅の資金はアルバイトでためるのですが、いろんなバイトをしていましたね。京都にはお寺や日本風家屋がたくさんあるので、造園のお手伝いというか、竹ぼうきで庭をはいたり石を磨いたりというバイトもよくやっていました。

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