ウクライナでアメフト開幕! 男女共に競技者広がる
アメリカンフットボールの2021年シーズン開幕戦が始まった。対戦するのは「リビウ・ライオンズ」と「ビンニツァ・ウルブズ」。
でも、ここは米国ではない。場所はウクライナ、ライオンズの地元リビウにある工業ビル群の裏手のグラウンドである。
アメリカンフットボール(以下、アメフト)というと、米国の国技のようなもので、他の国では盛んでないというイメージがある。しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるロックダウン(都市封鎖)から1年を経た現在、ウクライナのアマチュア男女アスリートたちが、熱狂的なプレーでウクライナにおけるアメフトの認知度を高めている。
ウクライナにアメフトが入ってきたのは、1990年代初頭、ソビエト連邦が崩壊し、ウクライナが独立して間もない時期だったという。新たなチャンスを求めてウクライナにやってきた米国人によって導入されたとアルフィー・ウィリアムズ氏は言う。氏は首都キエフの3チームの1つ、「キエフ・ペイトリオッツ」のヘッドコーチだ。
20年にCOVID-19によって国内のほとんどの団体活動が停止となる前は、16年に結成されたリーグ(ウクライナ・リーグ・オブ・アメリカン・フットボール:ULAF)の2つの部門で、十数チームが対戦していた(アメフトのリーグはほかにもヨーロッパ内外に存在し、特にドイツには7つもリーグがある)。
米ワシントン特別区出身でアメフト愛の強いウィリアムズ氏は、15年に技術専門家としてキエフに移住して以来、アメフトのコーチをしている。キエフにやってきて間もなく、ジムの友人を通じて地元のアメフト選手やチームを知ったという。
フィールドに行ってみたところ、「多くのことが間違って行われているのを目の当たりにしました」とウィリアムズ氏は振り返る。大変だったのは、特定のポジションに適した体型の選手を探すことだった。たとえば、米国であれば、オフェンスのラインマンとなるのは、体重300ポンド(約140キロ)を超えるような大柄の選手だ。
しかし、地元のチームには「筋肉質の男」が多かったとウィリアムズ氏は言う。20世紀ウクライナの理想のアスリート像が反映されたものだ。
「ソ連的なものは、どうしても拭い去れないところがありますね」と同氏は付け加える。
ソ連時代の末期にアメフトがささやかに始まって以来、ウクライナ国内におけるアメフトの存在感は大きく増した。ULAFのトップである「スーパーリーグ」には、北部と南部にそれぞれ4チームずつ、計8チームが所属し、下部組織にも8チームが所属している。
ULAFには男女合わせて約400人の選手がいるとウィリアムズ氏は推定する。また、キエフ・ペイトリオッツの選手、オレクシイ・ゾーリン氏によれば、現在はユースチームも増えており、4つのチームが活動しているという。
ウクライナでアメフトをするには、機転と我慢が必要だ。「アメフトをやっている、と言うと、よく『ラグビーのことか』と返されます」。そう話すのは、3年前からアメフトを始めたイホル・メリュノフ氏(34歳)だ。ウクライナ中部の都市ポルタバを拠点とする「ポルタバ・パンサーズ」のメンバーである。
「主な反応は、ウクライナにそんなものがあるのかという驚きです」と同氏は言う。
ウクライナの選手にとって最大の課題の一つは、適切な用具を調達することだ。「防具一式は、ウクライナまでの配送料を含めて500米ドルもします」と、米フロリダ州からウクライナに移住し、現在はウルブズを率いる一人でもあるデール・ヘフロン氏は言う。「ほとんどのウクライナ人にとっては大金です」
そこで、選手やコーチはインターネットで安価な中古品を、主にヨーロッパの他の国の選手から調達している。ウクライナのチームは通常、自分たちでお金を出すか、地元企業などのスポンサーに頼るかして、プレーに必要なものを手に入れている。
ヘフロン氏の場合、ウクライナの太陽エネルギー企業「クネス」とは、同社の従業員に英語を教えているときに出会った。週に3回のレッスンで、ヘフロン氏はクネス社の最高経営責任者(CEO)の目に留まった。友情とウルブズへのスポンサーシップが生まれたのである。
ウクライナの選手たちがアメフトを続けるための、金銭および身体面での代償はかなりものだとウィリアムズ氏は認める。多くの選手は、プロのトレーナーなど、体が資本となる仕事をしている。健康であることは、食い扶持を稼ぎ、家族を養うために必須なのだ。
「余裕のある人もいれば、そうでない人もいます」と同氏は言う。「試合に出て、ひょっとしたらけがをして、それでも月曜の朝には仕事に戻らなければならない。それに納得するのは難しいことです」
アメフトはウクライナの女性の間でも人気になってきている。アメフトを縮小した「フラッグ・フットボール」と呼ばれる形で、現在、5つの女子チームが、それぞれ地元の男子チームと提携して活動している。
「友人に誘われて練習に参加したんです」と語るのは、過去7年間、ウルブズの女子チームでプレーしてきたカテリーナ・テテルク氏(25歳)だ。「それ以来、アメフトから離れられなくなりました」
20年のロックダウン期間中、テテルク氏とチームメートたちは、体調を整えながら再び実際に試合をする機会を待ち望んでいた。「冬の間はジムなどでエクササイズをしていました」
男子のウルブズとライオンズの試合は、7対6でウルブズの勝利に終わった。アメフトの試合としてはロースコアだが、再びフィールドに立つことこそが最も重要な勝利だったのかもしれない。ウクライナのアメフトシーンが戻ってきたことは、同国に限らず、世界中のアメフトファンにとって、応援したいことだ。
次ページでも、盛り上がるウクライナのアメフトを写真でご紹介しよう。
(文 WILLIAM FLEESON、写真 ALINA SMUTK、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2021年8月15日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。