「私は私」の強さ

言葉選びの巧みさは、大坂選手のメッセージを鮮烈に伝える効果を発揮している。まるで一流のスピーチライターを抱えているのではないかと思いたくなるほど、みずみずしく力強い言葉を選んでみせる。

たとえば、米の雑誌「エスクァイア」(電子版)のウェブサイトに寄稿した、人種を巡る意見も言葉のチョイスが見事だった。日本語版の同誌サイトから引用する。

「黒人はただただ、この抑圧と何年もの間闘い続けていますが、進展があったとしてもほんの束の間のこと…。『人種差別主義者ではない』ことだけでは、十分ではないのです。『反人種差別主義者』であることが必要であり重要なことなのです。」

「反人種差別主義者(英語の原文ではanti-racist)」という言葉を用いて、自身の立場をはっきり打ち出した。「人種差別主義者ではない」という意識は少なからぬ日本人が持ち合わせていると見込まれるが、「反人種差別主義者」と自らを明確に規定している人がどれぐらいいるか。大坂選手はそのギャップを見逃さなかった。この言葉を用いることによって、問題との向き合い方をあらためて問いかけた形だ。

メディアの「使い分け」にも彼女なりの戦略が感じられる。先に挙げた「反人種差別主義者」発言はクラスマガジンの位置づけを持つ「エスクァイア」に寄せた。全仏オープンの棄権や、メンタルヘルスの事情、東京五輪への意欲をつづった文章は国際ニュース誌の米「タイム(TIME)」誌に寄稿している。しっかりした媒体を選ぶことによって、自分の思いをノイズ抜きで伝える意欲が読み取れる。そのほかにもツイッターやインスタグラムなど、様々な発信ツールを使って、効果的にメッセージを届けようと工夫している。

その都度、発言の趣旨やタイミング、伝わりやすさなどを勘案してメディアを選んでいるようで、こうした巧みな対応は彼女がオピニオンリーダー的な存在になるにあたって効果を上げたと映る。本人がそういう立場を求めたとは思えないが、はっきりした物言いとこなれた発信スタイルが結果的に彼女の存在感を高めたようだ。

以前はスポーツ選手が「本業」以外の事柄に関して発言するのを好ましく思わない論調があった。今も「スポーツだけやっていればいい」という人はいるが、大坂選手はこうした傾向にも変化を起こしつつある。これまで厳格に大会期間中の政治的な意思表示を禁じてきた国際オリンピック委員会(IOC)も東京五輪ではしばりを緩めた。アスリートの声を封殺するような制度が時代遅れになってきたという認識を広めるうえで、大坂選手の発言は小さくない影響を与えたと思える。

こうして振り返ってみて感じるのは、大坂選手のメッセージパワーの源泉は小手先のテクニックではないという点だ。「言うべきこと」「知ってほしいこと」を自ら見いだして、しかるべく言語化するという発言態度が発信力を裏打ちしている。

自身のアイデンティティーに関して問われた際に、彼女がしばしば述べてきた「私は私」という言葉は、立ち位置の明確さを象徴しているだろう。自分の意見は借り物ではないというプライドがにじむ。多様性の前提となる、他者との違いを恐れない意識や、自分らしくあろうという気持ちがこの言葉に凝縮されている。

もっとも、最近は大坂選手の言葉が揺れている。気持ちの揺れが言葉にも表れているようだ。また彼女らしい「大坂節」が聞ける日を楽しみに待ちたい。

梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。