最近、企業の人たちと会話していると、こんな声が聞こえてきます。「今の新入社員は好きなことしかやらない。嫌になると、すぐ会社を辞めると言い出す」。これはいかがなものでしょうか。やりたいことをやるのはいいけど、周りの人たち、社会と折り合いをつけないといけません。個人の自由と社会、この問題はギリシャ文明が興隆した時代から常に問われる課題です。

古代ギリシャの哲学者、ソクラテス。国家が信じる神を尊ばず若者を堕落させたとして裁判で死刑を宣告されました。ソクラテスは、若者に個人の自由を説いていたようですが、国が認める神々を侮辱したと訴えられたのです。宗教は、近代国家が生まれるまでの社会の維持装置の役割を果たします。近代になると、宗教に代わって各国家はそれぞれの法律を制定し、社会の秩序を保ったわけです。

しかし、21世紀になってグローバル化やデジタル化が急速に進み、社会は再び大きく変わろうとしています。国家という枠組みが存在感を薄め、それぞれの個人の独自性や能力が問われる時代が来そうです。

アダム・スミスは「同感」、今は「共感」

個性は大事です。しかし、社会のニーズに合わない、自分勝手な主張や行動は通じないでしょう。自分たちで考えないといけないですね。自分は何をやりたいのか、それは社会に役立つことなのか。渋渋、渋幕では数学や英語などの教育はもちろん一生懸命にやっていますが、ある意味それ以上に大事にしているのが「リベラルアーツ(教養)」教育です。

渋渋、渋幕両校では私が「校長講話」を通じて直接生徒たちと対話しながら、リベラル・アーツ教育を実践しています。ここでもソクラテスなど哲学者の話は必ず出てきます。

リベラル・アーツ教育を追求する中で、次の時代をよりよく生きていく上で必要なモノは何か考えました。個性を大切にしながら、社会と共生するには「エンパシー(共感)」が大事だと思います。経済学の祖、アダム・スミスは人間にとって大切なモノは「シンパシー(同感)」だと主張しました。しかし、多くの人とつながるネット社会ではさらに進んで「共感」が必要ではないでしょうか。

コロナ禍でも共感力の高い人は成長するでしょう。話は少し変わりますが、渋渋に優勝カップが届きました。世界の高校生がプログラミング力を競う国際情報オリンピックで渋渋の菅井遼明くんが金メダルを獲得し、送られてきたのです。日本代表は菅井くんのほか、渋幕、灘高校、麻布高校の4人。菅井くんにとって彼らは他校のライバルでありながら、友人にもなった。切磋琢磨しながら、日本代表としてベストを尽くしたようです。4人とも個性的で優れた能力があり、きっと共感力も高い生徒だと思いますね。

田村哲夫(たむら・てつお)
 麻布高校を経て東京大学法学部卒、1958年に住友銀行(現三井住友銀行)に入行。62年に退職し、父親が運営していた渋谷女子高校を引き継ぐ。70年から渋谷教育学園理事長。校長兼理事長として83年に同幕張高校、86年に同幕張中学をそれぞれ新設。96年に渋谷女子高を改組し、渋谷教育学園渋谷中学・高校を設立。日本私立中学高等学校連合会会長も務めた。
学生参加型コミュニティ 登録受付中
メールマガジン登録
大学の約束