マンモスの牙に含まれるストロンチウム同位体比のデータを、実際の地図上の位置に結びつけるにあたり、研究チームは現代のアラスカにすむ小さなネズミの仲間を使った。彼らは草食性の小型げっ歯類で、アラスカ大学の北方博物館には膨大なコレクションがある。あまり遠くまで移動しないので、その歯に含まれるストロンチウムは、彼らが生息する地域の地質を忠実に反映している。
カナダ、オタワ大学のクレマン・バタイユ氏と当時ウラー氏が指導する博士課程の学生だったジュリエット・ファンク氏は、げっ歯類のデータを使い、アラスカのストロンチウム同位体比の地図を作製した。そして、マンモスの牙から得られたデータをその地図と関連づけるモデルを構築した。
アラスカは広大だが、マンモスは空を飛べないし、崖をよじ登ることもできないので、範囲を絞ることができる。バタイユ氏は、マンモスが死んだ場所からその足跡をさかのぼっていった。
一方、米カリフォルニア大学サンタクルーズ校(UCSC)のベス・シャピロ氏とキャサリン・ムーン氏は、このマンモスのDNAの断片を抽出し、性別を調べた。また、放射性炭素年代測定法を用いて、生まれた時代も特定した。
牙の象牙質には、季節の変化や1日の活動と睡眠のサイクルによって、小さな筋ができる。米フロリダ大学のグレゴリー・エリクソン氏はこの筋を分析し、マンモスの一生を、1年ごと、1カ月ごと、1日ごとに見ていった。こうして、氷河時代に生きた1頭のマンモスの家族、移動、早すぎる死に至るまでの物語が、かつてないほどの豊かさで見えてきた。
アフリカゾウに似た行動パターン
では、その豊かな物語を詳しくたどってみよう。
まず、研究チームはこのマンモスを「キック」と名付けた。キックはオスで、今から1万7100年前に現在のアラスカ北東部で生まれた。当時は更新世の最終氷河極大期(LGM)が終わろうとしていた頃だ。アラスカとロシアの間には、乾燥しすぎていて氷河が形成されない広大な平野が広がっていた。
この地域がどんな様子だったかは科学者の間で議論があるが、バイソン、マンモス、カリブー(トナカイ)、ウマ、ジャコウウシ、ライオンなどの化石が豊富に見つかっていることから、タンザニア、セレンゲティ国立公園の寒冷地版のような草原であったと考えられており、「マンモスステップ」と呼ばれている。
キックは、生まれてから最初の数年間を、アラスカ州北部を東西に走るブルックス山脈の南側の内陸部で過ごした。彼が2歳で離乳したことは、炭素と酸素の同位体を調べることでわかった。その後、キックは移動が増え、冬は低地で、夏は山麓の丘陵地帯で過ごしていたようだ。ウラー氏は、虫に刺されるのを避けるためではないかと推測する。
キックの移動パターンは、現代のアフリカゾウに似ている。科学者たちは以前からマンモスの行動はゾウに似ていたのではないかと推測していたが、今回、初めてその証拠が得られたことになる。