2021/9/17

現代のゾウとの類似はそれだけではない。「キックが幼かった頃は、おそらく大きな群れで過ごしていたのでしょう」とウラー氏は言う。母親や、他のメスや子どもと一緒に暮らしていたのだろう。だから、幼若期のキックの足取りを追跡することは、マンモスの群れを追跡することにもなる。

キックが16歳になると、動きが急に変わった。アフリカゾウやアジアゾウのオスは、性成熟すると群れを離れ、単独で、あるいは他の数頭のオスたちと一緒に放浪の旅に出る。キックも同じことをしたようだ。

彼はブルックス山脈の西端にある峠を越え、はるかアラスカ北西部のノーススロープまで移動するようになった。カリブーの群れは、今でもこのルートで移動している。

27歳の夏、キックの牙の窒素同位体比が変わりはじめる。窒素同位体比は食物によって変わってくるが、その夏、彼の窒素同位体比は肉食動物のそれに似てきた。草食性のマンモスにとって、それが意味するところはただ1つ。体が自分自身を食べているということだ。つまり、キックは飢えていた。

論文の共著者であるアラスカ大学フェアバンクス校の研究者ダニエル・マン氏によれば、年老いたゾウは歯がすり減ってものが食べられなくなり、飢えることがあるという。しかし、キックはまだ比較的若く、牙と一緒に発見された頭骨の歯の状態を調べたところ、良好な状態だったことが判明した。「おそらくどこかケガをしていたのでしょう」とマン氏は言う。

最後の年の秋、キックは現在のアラスカのスワード半島からブルックス山脈の北東側に向かった。彼はコルビル川の西の砂丘地帯にとどまり、冬を越した。そして、冬の終わりか春の初めにコルビル川の支流のキキアクロラク川、略して「キック川」が刻んだ浅い峡谷の端に移動し、そこで1万7000年の眠りについた。

未来の絶滅を防ぐ手がかりに

ケナガマンモスに関する最大の疑問の1つは、なぜ絶滅したのかということだ。同位体分析は、その答えを与えてくれるかもしれない。多くの科学者は、更新世末期から完新世初期にかけて、ヒトによる狩猟がケナガマンモスをはじめとする多くの大型哺乳類を絶滅に追いやったと考えている。大型哺乳類は繁殖が遅いため、ヒトの側が少人数でも絶滅に追い込まれる可能性は否定できないという。一方で、気候変動が絶滅に大きな影響を与えたと主張する科学者もいる。

この地域にヒトがいたことを示す最古の証拠は約1万4000年前のもので、キックの死の数千年後だ。最初のヒトが北米に到着した時期については考古学者の間で激しい論争があるが、アラスカ本土でマンモスが絶滅したのは約1万3000年前なので、マンモスと人間は1000年以上も共存していた可能性が高い。

狩猟の対象として好まれていたのはバイソンやアカシカだが、ケナガマンモスも魅力的なターゲットだったかもしれないと、アラスカ大学北方博物館の考古学者ジョシュア・ルーザー氏は言う。決まったルートを群れで移動する動物は、ヘラジカなどの単独で行動する動物よりも仕留めやすいからだ。

キックが死亡してから数千年の間にマンモスステップは徐々に木で覆われ、マンモスが好む生息地は縮小していったとウラー氏は考えている。移動できる範囲が制限されるようになったマンモスは、ますます人間という新たな脅威に狙われやすくなった。これは、現在の気候変動によって生態系が急激に変化したときに、動物たちが直面する重圧と同じものだ。すでにアラスカの気候の変化は、かつてマンモスと同じルートを移動していたカリブーの動きを変化させている。

「この世界では、人間と気候変動の両方が動物に影響を与えています」と米バンダービルト大学の古生物学者ラリサ・デサンティスは警鐘を鳴らす。なお、氏は今回の研究には関与していない。「もしそれが更新世の大型動物の絶滅につながる致命的な組み合わせだったとしたら、私たちは本当に用心しなければなりません」

(文 ZACH ST. GEORGE、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年8月21日付]

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