ゲームを制限? 脳医学者に聞く子供を伸ばすポイント
デジタル技術が進歩する中、子供にも早いうちからゲームやスマートフォン、YouTubeなどに触れさせたほうがいい、という考え方がある。流れに逆らわず、デジタルツールを子供でも使いこなせるようになったほうがいい、というわけだ。
しかし、子供の脳の発達に詳しい東北大学教授の瀧靖之氏は、「子供は脳のネットワークが柔軟に変化する時期なので、ゲームやネットの依存症に気を付けたほうがいい」と指摘する。
一方で、デジタル機器の使いようによっては、子供の脳の成長を促すきっかけにもなる。瀧氏の最新の書籍『脳医学の先生、頭がよくなる科学的な方法を教えて下さい』から、子供の脳と学力を伸ばす方法について、ライターの郷和貴氏を聞き手としてお届けする。
子供が小さいときから猛烈に勉強させたほうがいい?
郷和貴氏(以下、郷):私は4歳になる娘がいるのですが、どんな教育を受けさせればいいのか悩ましいです。「勉強しなさい」とばかりうるさく言う親にはなりたくないですが、これからの世の中、英語はますます必要だし、AIがもっと普及すれば数学もできたほうがいいですよね。
瀧靖之氏(以下、瀧):親なら誰もが持つ悩みですよ。勉強に関しては、「学力主義」を無理に否定しなくてもいいと思います。「学力が高いと進路選択がしやすくなり、社会的な成功につながる」という研究[注1]がありますし、「学力の高さが自尊感情(自己肯定感)や健康にもつながる」というデータ[注2]もあります。
郷:中国や韓国には教育熱心な親が多く、小さいときから猛烈に勉強させるなんて聞きますけど、子供の幸せのためには、そこまでやらせてでも学力を伸ばしたほうがいいということですか?
瀧:子供が自分からそれを楽しんでいるならいいと思います。そうでなければ、無理にやらせる必要はありません。
郷:それを聞いて安心しました。実は、小学校受験専門の塾に娘を通わせていたんですけど、「全然楽しくない」と言い出したのでやめさせたんです……。
瀧:焦らなくていいですよ。ある研究では、「早期教育を受けた子供でも小学校の高学年くらいになると、早期教育がIQ(知能)に与えた影響が薄れていく」という研究[注3]があります。もちろん、早期教育によってその子の才能が開花する場合もあるでしょうが。
[注1]Shapka J.D. et al., Educational Research and Evaluation, 12(4): 347-358., 2006
[注2]Ray C.E. et al., School Psychology Review, 35(3): 493-501., 2006
[注3]Bailey D. et al., Journal of Research on Educational Effectiveness, 10(1): 7-39., 2017
郷:無理に勉強させて、「勉強とはつらいこと、言われてやること」って子供が思うようになるのは避けたいですし、「親や先生の言うことに従うのが良い子だ」って勘違いされるのも怖いなって思っています。
瀧:100%同意します。それに、「勉強しなさい」と言うよりも、「好きなことをやりなさい」と子供の興味・関心を後押しするほうが、脳の力を伸ばす上ではプラスになるんじゃないかと思っています。
雑誌の「プレジデントFamily」2016秋号で「東大生174人の小学生時代」という特集があったのですが、その中で東大生が小学生時代に親からかけられていた言葉がまとめられていました。そこでは「何でも好きなことをやっていいよ」「勉強は好きなときにしなさい」「自分の人生なんだから自分で決めていい。サポートするから」といった言葉が紹介されていました。
郷:それはいいですね! 早速使ってみます。
塾の成績が低かった子供に勉強以外のことをやらせてみた
瀧:「好きなことをやりなさい」と言って、勉強以外のことに熱中したら成績が落ちるんじゃないかと思うかもしれませんが、前々回(記事「地頭は伸ばせる! 大人になっても脳を成長させる方法」)も述べたように、「子供の幅広い趣味活動が学業成績に良い影響を与える」ことが明らかになった研究もあります[注4]。これはスポーツの世界でも同じで、「超一流の選手はその種目に絞り込むタイミングが遅く、実はいろんなスポーツを経験している」というデータ[注5]があるんです。テニスの錦織圭選手なんてまさにそうだったみたいですね。
郷:「回り道」しているようで、その経験が後々役に立つということですね。
――あの、横から失礼します。私(編集部T)は以前、自分の小学生の子供が塾であまりにも成績が低かったのですが、瀧先生から「子供が好きなことを後押しするのが脳にとって良い」と聞いて、それを実践してみたんです。
郷:ほほう。どうなりました?
――結果として子供が興味を持った2つのことについて、できるだけやらせてみました。1つは自転車です。新しい自転車を買ったらハマって、休日は片道10kmも遠出するようになりました。もう1つはサッカー観戦です。Jリーグのチームをスタジアムで応援するようになって、選手名鑑を買ったら、選手の過去の成績まで暗記するほどハマってます。
郷:見事に勉強とは関係ないじゃないですか(笑)。
――それが、数カ月たって、塾の成績が伸びてきたんです。自信を持ったのか積極的になって、今では塾が楽しいと言っています。
瀧:それはよかったです。もちろん成績が伸びたのは本人が努力したからでしょうが、興味を持ったことに能動的にチャレンジしたり、自分からどんどん調べて突き詰めていったりする経験をすると、それが勉強にも応用できるのでしょうね。
郷:なるほど。
瀧:子供が好奇心を持てるように、親が環境をつくることが重要なんです。きっかけづくりとしてお勧めなのは、子供向けの図鑑や百科事典、歴史などの学習マンガ、そして親が自分の趣味を楽しんでいる姿を見せることなどですね。それで子供が興味を持ったら、アウトドアや動物園、博物館、コンサートなどに連れて行って、リアルな体験をさせる。すると、脳に刺激が強く入って、知的好奇心が喚起されます。
郷:親がハマっている趣味を一緒にやるのでもいいんですね。
瀧:人間の脳には「ミラーニューロンシステム」と呼ばれる機能があります。ほかの人の動作を目にしたときに、その情報がミラーニューロンシステムに送られると、少し時間を置いた後でもちゃんと記憶していて、模倣できるんです。「生後12カ月の乳児にある動作を見せてあげたら、4週間もたった後でもその動作の模倣ができた」という研究[注6]があります。子供は模倣で育つので、親が夢中になっていることを自分もやりたいと思うようになるのは自然なことです。
[注4]Bergin D.A. Journal of Leisure Research, 24(3):225-239., 1992
[注5]Moesch K. et al., Talent Development and Excellence, 5(2):85-100., 2013
[注6]Klein P.J. et al., Developmental Science, 2(1): 102-113., 1999
ゲームの時間は制限したほうがいい?
郷:子供が好きなことを後押しするのがいいのなら、「YouTube」はどうですか。子供ならみんなそうですが、うちの娘はYouTubeが大好きで、放っておくとずっと見ようとします。動画をぼーっと見ているようで、そこから新しい言葉を覚えたりもしているようです。
瀧:小学生にとってはYouTuberが憧れの職業になっているそうですね。YouTubeをきっかけにいろんな情報に触れて、新しい世界を知ることも実際にあります。ギター、サッカーなど、楽器やスポーツの練習動画も充実していて、英語など語学の勉強にも使えますよね。ただ、YouTubeなどのネットサービスは、ゲームなどと同様、「依存症」に気を付けなければならないと考えています。
郷:「依存症」って、アルコールとかと同じですか?
瀧:その通りです。自分が好きだからネットやゲームを続けるのではなく、「中毒になってやめられない」から続けてしまうんです。WHO(世界保健機関)は、ゲーム症(ゲーム障害)の判定基準を以下のように定めています。
以下のような状態が12カ月続く場合
・ゲームをする衝動が止められない
・ゲームを最優先してしまう
・何か問題が起きてもゲームを続けてしまう
・個人、家族、社会、学習、仕事などに重大な問題が生じている
郷:これが12カ月続く場合、病気とみなされるんですね。新作ゲーム発売後、1週間だけ廃人になるほどゲームをやるみたいなのはセーフなんですね(笑)。
瀧:そうです(笑)。ただ、幼少期は脳のネットワークが柔軟に変化するので、大人と比べて依存症の進行が速く、すべての症状に当てはまり、かつ重症なら、子供は短期間でもゲーム症とみなすようになっています。「ゲームのプレイ時間が長いほど脳発達が遅れる可能性がある」という研究[注7]もあります。
郷:ええ! 子供に人気の「マインクラフト」なんて、めちゃくちゃ頭使うし、プログラミングっぽいこともできるので、娘にやらせてあげたいと思っているんですけど。
瀧:もちろん、ゲームによって脳のある領域が鍛えられることはあると思います。ただ、「やり過ぎ」は脳の成長にとってマイナスな影響が増えてしまうんですね。1日2時間とか、夜何時まで、みたいなルールを決めることをお勧めします。
[注7]Takeuchi H. et al, Molecular Psychiatry, 21:1781-1789., 2016
高校生の3割強は1日5時間スマホを使う
郷:個人的にはデジタル技術がこれだけ進化したんだから、その流れに逆らわずツールを使いこなせるようになってほしいと思っていたんですが、子供が小さいうちは依存症にならないよう、使用時間を制限したほうがいいということでしょうか。
瀧:そうなんです。ネットについてもゲームと同じで、LINE、Instagram、Twitter、TikTokのようなSNS にハマってしまって四六時中見ている状態も、やはりWHO が疾病として認定しています。令和2年度(2020年度)「青少年のインターネット利用環境実態調査」(内閣府)によると、10~17歳の青少年のインターネット利用時間は1日平均3時間25分、高校生の3割強(35.9%)が5時間以上使っているそうです。使用時間は年々増加しています。
郷:1日5時間も!
瀧:チャットやSNSにハマっている子供たちは本当に幸せを感じているのかというと、実はそうではなく、「SNSの利用頻度が高い子供ほど、自己肯定感が低く、孤独感を抱えている」という研究もあります[注8]。
郷:なるほど。県の条例などでゲーム時間を制限することには「違うんじゃないか」と思っていましたが、自分の子供が依存症になっていないか、ちゃんと見守らないといけないですね。
瀧:私もそう思います。子供が自己管理できるようになるまでは、ゲームやスマホなどの使い方について「ルール」を親と子供で相談して決めるのがお勧めです。
[注8]Liu D. et al. Journal of Research in Personality, 64:79-89., 2016
(聞き手 郷和貴=ライター)
[日経Gooday2021年8月24日付記事を再構成]
東北大学 スマート・エイジング学際重点研究センターおよび加齢医学研究所 臨床加齢医学研究分野 教授。医師。医学博士。東北大学医学部卒業、東北大学大学院医学系研究科博士課程修了。脳のMRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達や加齢のメカニズムを明らかにする研究者として活躍。読影や解析をした脳のMRI画像は、これまでに16万人に上る。10万部を超えたベストセラー『生涯健康脳』(ソレイユ出版)、『回想脳 脳が健康でいられる大切な習慣』(青春出版社)など著書多数。
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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