適温0℃氷河のミミズ 謎の生態解明に温暖化の影

2021/9/15
ナショナルジオグラフィック日本版

米ワシントン州にあるレーニア山南面のパラダイス氷河を覆うコオリミミズ。コオリミミズはセ氏0度で繁栄する科学上の「パラドックス」だ(PHOTOGRAPH BY SCOTT HOTALING)

氷河は一見、生命のいない不毛な氷の塊だ。しかし、目に映るものがすべてではない。氷河には多数の小さな生物が暮らし、豊かな生態系を形づくっている。

コオリミミズ(Mesenchytraeus solifugus)は、北米大陸西部の氷河で最も目立つ生物だ。体長は1センチを上回る程度で、デンタルフロスくらい細く、米国の太平洋岸北西部、カナダのブリティッシュ・コロンビア州、米国アラスカ州の氷河に点在する。

この小さな黒いミミズは夏の午後から夜にかけて氷上に大量に現れ、藻類や微生物などを食べる。そして、夜明けとともに氷の中に潜り、冬が来ると氷の奥深くに姿を消す。

ミミズの遠い仲間であるコオリミミズは、雪や氷の中の冷たい水の層で生きている。適温は水が凍る0℃付近だ。これはほとんどの生物、特に体温調節能力を持たないミミズのような変温動物には不可能なことだ。

コオリミミズはどのようにこの離れ業を演じているのだろう? 科学者たちはコオリミミズのトリックをいくつか発見した。そして、この奇妙な生き物を理解することは極めて重要であり、しかも、緊急の課題であると述べている。

コオリミミズがどのように過酷な環境に耐えているかを知ることは、地球上、そして地球外の生命の限界を理解する助けになると、25年にわたってコオリミミズを研究している米ラトガーズ大学のダニエル・シェイン氏は話す。

しかし、氷河が消えていくと同時に、コオリミミズも消えていく。「コオリミミズがいなくなる前に、できる限りのことを知りたいと思っています」と、米ペンシルベニア州にあるハバフォード大学の生物学者シャーリー・ラング氏は語る。氷河が現在のペースで解け続ければ、「彼らはほぼ間違いなく、いずれいなくなるでしょう」

寒くなると元気になる不思議

生物学の法則では、温度が下がると、生理的な反応が遅くなり、エネルギーレベルが低下する。恒温動物はエネルギーを消費することで、体温を一定に保っているが、変温動物は寒くなると不活発になり、休眠状態に入る。しかし、コオリミミズは違う。

「彼らの場合、寒くなるとむしろエネルギーレベルが高まります」とシェイン氏は説明する。「これは一種のパラドックスです」

シェイン氏と、氏の研究室で博士号を取得したラング氏は一連の論文でその理由を説明している。すべてに関係しているのが「アデノシン三リン酸(ATP)」という特殊な分子だ。ATPは細胞内でエネルギーの通貨として働き、体内の反応の大部分を支えている。

ATPはATP合成酵素という複雑な酵素を使って合成されるが、この酵素は既知のすべての生物にほぼ共通している。ATP合成酵素は100%に近い効率で仕事をこなす。こんな発明は人間には不可能だ。生化学者たちは畏怖の念を抱いており、シェイン氏は「驚異的なマシン」と表現する。

コオリミミズはATP合成酵素をつくるDNAに細工を施し、このマシンによるATPの合成を速めているらしい。「ターボのようなものです」とシェイン氏は語る。 

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氷河の生態系
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