ただ、オラクルは新人教育研修が徹底していた。ゼロから統合基幹業務システム(ERP)などのITについて学び、マーケティング部門に配属された。そんな中でIT市場は急成長し、99年に日本オラクルは株式を公開し空前の人気企業になった。顧客企業の要望に応じて業務システムを導入し、経営効率を高めるITコンサルタントという職種が社内でも注目を集めた。

「コンサルを目指そう」と自ら手を挙げ、プロジェクトに参加した。しかし、ハードワークについて行けず挫折。「英語コンプレックスを解消したい。キャリアチェンジをしよう」と米国留学を思い立ったが、出願した5つの大学院はいずれも不合格。中途半端な挫折を繰り返した。

しかしチャンスが到来し、米ロサンゼルスに駐在する機会が巡ってきた。顧客は米国の日系企業で、職種はいわゆる営業だ。「営業なんてゴルフやお酒で接待ばかりしている仕事」と思い込んでいたが、それは偏見だった。米国は「営業を科学する」という志向が強く、営業が面白いと感じるようになった。英語での生活にも慣れ、LA生活は快適だった。

「若い人はどんどん挑戦を」

米国に来て3年目、「一生ここで生活したい」と思っていた頃に佐野さんからベニオフさんを紹介された。科学的なマーケティング・営業手法を追求するセールスフォースに移り、日本市場を開拓。がむしゃらに働き、気づいたら日本法人のナンバー2になった。そして他の外資系企業から社長のオファーが次々舞い込んでくるようになった。

マーケティングオートメーションツールを提供する米ソフト会社、マルケトから日本法人を設立するので、社長をやってほしいと打診があった。 以前ベニオフさんとこんな会話をしたことがある。福田さんが「自分はトップではなく参謀向きだ」と話したとき、「誰がそんなこと決めたのか。将来のゴールは社長と設定した方がいい。自分はどんなタイプだと決めつけないことだ」とアドバイスを受けた。

2014年、41歳の時にマルケト社長になり、20年からはジャパン・クラウド・コンサルティングの社長を務める。「子供の頃から失敗や挫折だらけ」と振り返る福田さん。しかし、SaaS、カスタマーサクセス、サブスクといったデジタル時代の営業のキーワードを日本に広げた第一人者なのは間違いない。「やはり食わず嫌いはダメ。若い人にはどんどん挑戦してほしい」と語る。

(代慶達也)

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