米国人の自立精神をゲーム通じて子供たちに

発売に至るいきさつを伝えているのは、2018年にタカラトミーが「人生ゲーム」50周年を記念して作成し、関係者に配布した小冊子「人生ゲーム50周年記念誌」(非売品)。その中で佐藤氏は次のように書いている。

「周りの人は『日本では受け入れられない』と口をそろえて言いました。しかし私は、“このゲームには、米国の自立精神が盛り込まれている” “これを日本の子どもたちに伝えたい”と思いました」

たびたび渡米していた佐藤氏は、米国と日本の子供で決定的に違うのは「お金に対する感覚だ」と感じたという。お手伝いをしてお小遣いをもらう子供は日米ともにいたが、米国では子供のうちから自ら進んでアルバイトをしてお金をため、奨学金を得て大学に通う例が多い。

「日本のように丸ごと親がかり、というのは稀。経済的にも精神的にも自立しているなぁとつくづく感じた」と佐藤氏は続ける。自分で職業を決め、給料を稼ぎ、家を買い、生命保険に加入し、株式投資などで最終的にお金を稼いでいくゲームは、今でいう「マネーリテラシーを子供に伝えられる“媒体”としてのゲーム」だと、その目に映ったようだ。

初代の原型となった米国版「THE GAME OF LIFE」

68年に最初の「人生ゲーム」を売り出した際には米国版ゲームをほぼ直訳して製品化した。そのせいでゲームのマス目には「石油を掘り当てた」「開拓地へ行く」など、米国らしい表現が多かった。それでも、「思いがけない運で、誰でも大金持ちになったり破産したりという人生を経験できるところが受けたのだと思います」(池澤さん)。

日本では日常で見ることのなかった「米ドル」のような紙幣(券)を集められることも、当時の子供たちには異国情緒が感じられて新鮮だったに違いない。発売から1年後の69年には年間300万セットを売り、一躍、ヒット商品となった。

80年には米国版「THE GAME OF LIFE」の変更に合わせてリニューアルした「NEW人生ゲーム」(2代目)を投入。「その後の83年に発売したリニューアルで3代目となったのを機に、マス目の中には『正月』『お歳暮』『お中元』を入れるなど、日本人にもなじみがあって分かりやすい内容に工夫しました」(池澤さん)

タカラトミーではこの83年の3代目人生ゲームを「初の日本オリジナルの『人生ゲーム』」と位置づけている。以後は日本の独自色を強めつつ、新しいバージョンを拡大していくことになる。

(ライター 三河主門)