最初は反対意見 「子供に金もうけの話はけしからん」

人生ゲームを日本にもたらしたのは、旧タカラの創業者で、おもちゃ業界のアイデアマンとして知られた佐藤安太氏。タカラトミーはともに東京都葛飾区内に本社を置いていた玩具大手のタカラとトミーが2006年に合併して誕生した。

タカラは合併前から今も人気の商品である「リカちゃん」「チョロQ」「トランスフォーマー」などのヒット玩具を持っていた。それらを主導した佐藤氏は「おもちゃの王様」との異名をとった。1945年に米沢工業専門学校(今の山形大学工学部)の化学工業科を卒業、戦後は上京して55年に「佐藤ビニール工業所」を葛飾区で創業した。

当初はビニール製の雨がっぱなどを製造しながら、空気入りビニールの素材開発を進めていた。その一つとして作ったビニール製の人形「ダッコちゃん」を百貨店の店先に展示したところ、従業員が腕につけてランチに出かけたことを発端に人気が出た。これが1960年に起きた「ダッコちゃんブーム」で、後のタカラ(66年に社名変更)の経営基盤をつくった。

ただ、ダッコちゃんは急速にブームになったためか、1、2年で早くも飽きられた。佐藤氏は長く売れる商品とブランド確立の重要性を痛感し、62年ごろから玩具先進国だった米国への視察を繰り返していたという。

その視察で触れたのが米国版の「THE GAME OF LIFE」だ。もとともは明治維新よりも前の1860年に、印刷業を営んでいた当時24歳の米国人ミルトン・ブラッドレーが考案したものだという。その後に発足したミルトンブラッドレー社(現在の米玩具大手ハズブロー)の100周年を祝って1960年にゲーム化して発売されたのが「THE GAME OF LIFE」だった。

タカラトミーで人生ゲーム事業を担当するエデュテイメント事業室マーケティング課の池澤圭さん

しかし、当時は「日本の子供とは習慣が違いすぎる」「子供がお金の話をするのはけしからん」と、商品化には反対の意見が多かったという。人生ゲームはすごろくのようにマス目を進めていきながら、一番のお金持ちになった人が勝つゲームだ。金もうけの話をすること自体が「はしたない」という風潮も当時はあった。

次のページ
米国人の自立精神をゲーム通じて子供たちに