美しき現代の木造建築 競技場・学校・公共施設…
この10年で木材利用の機運が広がり、木造建築が増えてきた。学校や体育館、病院など人が集う施設を木の香りが包む。街や人と調和する現代の美しい木造建築を専門家が選んだ。
1位 有明体操競技場
(東京都) 590ポイント 新たな木造建築の可能性
東京五輪・パラリンピックのために新設された競技会場で最も多く木材が活用されている。屋根には強度の高いカラマツ、外装には木目がきれいなスギを使った。
「木造を意匠設計に使用した好例」(大橋好光さん)で「湾岸エリアに浮かぶ木の器」がコンセプト。「大空間を木材が覆っている内観が五輪放送時にも映り、圧巻だった」(中島史郎さん)
全長117メートル、幅90メートルの大屋根は地上で組み立てて持ち上げるリフトアップ工法で作られ「木アーチとケーブルによる複合梁が採用された」(山辺豊彦さん)。リフトアップ工法は「新たな木構造の可能性と実績につながった」(吉川正勝さん)と技術的な評価も高い。
「スギの座席が無機質さを和らげている」(小木曽純子さん)。大会後は東京都の展示場として使われるため、座席のスギ材は取り外して再利用される予定だ。
「鉄骨と木造の屋根で大きな空間を形づくった内観」(安井昇さん)に加え、外観も「木材が積層されたようで造形的に美しい」(野原邦治さん)。
「日本的な美しいフォルムとバランスを持ち、木材の持つ柔らかさと力強さを都市景観の中で調和させる、世界に発信すべき建築」(鈴木恵千代さん)との評価も。
8月28日からはボッチャの試合が開催される。
(1)東京都江東区(2)https://olympics.com/tokyo-2020/ja/venues/ariake-gymnastics-centre
2位 大槌町文化交流センター「おしゃっち」
(岩手県) 440ポイント 復興と支え合いを木材で表現
2018年開業の複合施設。「地域材を活用した純木造3階建て」(山辺さん)で「2015年の建築基準法改正で設計可能になった」(安井さん)。
大槌町は東日本大震災で図書館や交流施設などが全壊した。「ガラス越しに手を広げて屋根を支えているように見える木構造は『みんなで支え合う』という復興のシンボルにふさわしいデザイン」(小木曽さん)だ。
「短い材を組み合わせて大きな空間を構成」(腰原幹雄さん)しているのが特徴で「木材の軽快さを地域の材で表現した」(大橋さん)。多目的ホールの天井などは「木の架構をデザインとして見せる工夫」(野原さん)がある。
(1)岩手県大槌町(2)https://www.tohokukanko.jp/sozaishu/detail_1005806.html
3位 新柏クリニック
(千葉県) 430ポイント 心を癒やす木のぬくもり
「森林浴のできる透析室」をうたい2016年に完成した民間病院。「医療分野では珍しい大型木造建築」(小木曽さん)で、内部にはカラマツの集成材の柱とヒノキの天井材が使われている。
「木質の大空間が患者の心理的負担を軽減する」(中島さん)、「長時間滞在する透析病院は、木造が患者を癒やしてくれる」(大橋さん)と、病院ならではの評価が多かった。
鉄骨造、耐火木造、鉄筋コンクリートを組み合わせた構造で「木を見せながら耐火構造を実現する技術面でも先導性の高いプロジェクト」(野原さん)。東武野田線の新柏駅の近くに立地しており「都市部でも快適な木造空間を実現している」(腰原さん)。
(1)千葉県柏市(2)https://shinkashiwa.jp/
4位 屋久島町庁舎
(鹿児島県) 410ポイント 原生林のような空間
2019年に完成。「地元材を最大限に活用した屋根架構が豊かな木造空間を生み出し」(腰原さん)、「ダイナミックな構造が屋久島の地杉の力強さを伝える」(小木曽さん)。屋久島は杉材の宝庫。「地産地消が木材利用のあるべき姿」(和田隆男さん)との意見もあった。
「島特有の強い風雨に対し、大きく深い軒が外観上の特徴」(山辺さん)で、町議会場にも使われる屋久島ホール=写真=はらせん状に組んだ屋根が美しい。「まるで屋久島の原生林にいるような建物」(鈴木さん)との声も。
(1)鹿児島県屋久島町(2)https://www.town.yakushima.kagoshima.jp/info-living/20953/
5位 認定こども園ミライズそら
(兵庫県) 370ポイント 豊かな子どもの居場所
0歳~5歳児の子どもが通う認定こども園。「建物を囲うように回廊があり、屋内と屋外をつなぐ豊かな子どもの居場所が設けられている」(中島さん)。深い軒下は「伝統家屋で用いられてきた環境装置を現代的に活用している」(腰原さん)。洗練されたデザインだが「大きな遊具のような複雑な空間配置を現代の構造技術で実現した」(鈴木さん)。周囲の田園風景にもなじむ。
木の屋上も広く「子どもたちに優しくて楽しげな空間が素晴らしい」(和田さん)。「ここに子どもを通わせたかった」(小木曽さん)。
(1)兵庫県丹波市(2)http://kodomoen-kaibara.or.jp/publics/index/22/
6位 江東区立有明西学園
(東京都) 340ポイント 大都会の木の学校
2018年度に開校した小中一貫の義務教育学校。大規模な5階建てで「都市部にありながら、それを感じさせない木造校舎」(大橋さん)だ。「歴史的な貯木場があった地に建てられた、まさに『木の学校』」(山辺さん)。「内部の吹き抜け空間が素晴らしく、大きな建物なのに安心感がある」(和田さん)と評価された。
子どもの学び舎であることから「大規模木造校舎として耐震、耐火にも様々な工夫を凝らして設計されている」(鈴木さん)。「絶妙なバランスで木材の利用を進めた五感で木を感じる建築物」(吉川さん)。
(1)東京都江東区(2)http://ariakenishi-gakuen.koto.ed.jp/
7位 真庭市落合総合センター
(岡山県) 330ポイント 市民が集う木のぬくもり空間
市役所機能と公民館、市民センターを兼ねた複合施設。「木材を束ねて太い柱や梁(はり)を作った準耐火建築物」(安井さん)で、子どもの学習の場や高齢者の体力づくり、ボランティアの活動を支える。「大きな庇(ひさし)を支える力強い柱や、繊細に光を取り込むルーバーなど木の空間の作り方に工夫を感じる」(野原さん)
「合わせ柱は行き場が乏しい大径木を活用する技術で、地域材を利用する」(吉川さん)。真庭市は木材利用を推進しており「地域交流拠点にふさわしい親しみやすさを表現している」(山辺さん)。
(1)岡山県真庭市(2)https://www.city.maniwa.lg.jp/soshiki/57/2595.html
8位 草薙総合運動場体育館「このはなアリーナ」
(静岡県) 300ポイント 天竜杉の美しい大空間
静岡県を代表するスポーツの拠点。「長さ約15メートルのスギ集成材を256本、角度を少しずつ変えた大屋根」(中島さん)が際立つ。「高度な設計と高い設計技術によって作り出される鉄骨と集成材を組み合わせた美しい大空間」(鈴木さん)は圧巻だ。1位に選んだ専門家もいた。日本三大人工美林と呼ばれる高強度・高品質の天竜杉を使う。
「高い位置に木材を使っているため耐火性にも優れる」(安井さん)。「大断面材をシンプルに組み合わせることで生まれた木造空間」(腰原さん)は観戦する側にも優しい。
(1)静岡市駿河区(2)https://www.kusanagi-sportscomplex.jp/facility/gymnasium.html
9位 亀山市立関中学校
(三重県) 290ポイント 宿場町が丸ごと校舎に
旧東海道に残る観光名所、関宿の近くにある。校舎には地元のスギ材を多く使っており「関所のスケール感を損なわず、町並みのような校舎に仕上がっている」(大橋さん)。「宿場町の景観を取り入れた中庭が美しい」(和田さん)。その中庭を挟んで校舎が並び「江戸時代にいるような空間を構成している」(中島さん)。
多目的ホールの吹き抜けに林立する柱には、地域の山から切り出した原木に近い巨大な丸太を使っている。「学校の既成概念を取り払い、文化を伝えて地域に溶け込むコンセプトが伝わる」(吉川さん)。
(1)三重県亀山市(2)http://www.kameyama-mie.jp/kblog/sekichu/
10位 東部地域振興ふれあい拠点施設 「ふれあいキューブ」
(埼玉県) 250ポイント 木材と鉄鋼の融合
産業振興と地域住民の活動を支援する施設として2011年に完成した。「木造の公的建物の先駆的な例。6階建ての1~4階が鉄骨造、5、6階のみを木造としている」(中島さん)のが特徴だ。「木造と鉄鋼造の長所を生かした合理的な設計」(安井さん)で「異なる構造材の組み合わせで見せる構造を実現している」(吉川さん)と評された。
モダンな外観は「構造体の一部である木を意匠的に見せる工夫があり、シンボリックな印象を与える」(野原さん)。省CO2の最先端モデルとして環境にも配慮している。
(1)埼玉県春日部市(2)http://www.kasukabehall.jp/index.html
全国で進む木材へのシフト
2010年に公共建築物木材利用促進法が施行され、学校や役所、交流施設などの建物に国内の木材を使う動きが加速している。今回のランキングでも木のぬくもりを感じる大型で個性的な体育館や病院、自治体の施設が上位に並んだ。
耐震・耐火性に優れた建材開発も進む。10月からは民間建物にも木材利用を促し、伐採と造林の安定的な循環で脱炭素社会の実現を目指す改正法が施行される。林野庁は毎年、優れた木造建築や木製品を「ウッドデザイン賞」で表彰し、地域振興にも役立つ木材利用を促している。
東急電鉄池上線の戸越銀座駅(東京・品川、写真)のようにホーム全体を木で覆う駅も登場。木造にこだわる建築家の和田隆男さんは「戦後、日本は鉄筋コンクリートが中心となり画一的な風景が広がったが、ようやく個性的な木の建物が各地に出てきた」と話す。シンボルになるような木造建築が増えれば、街の空気も和らぐだろう。
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(大久保潤)
[NIKKEIプラス1 2021年8月28日付]
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