ポイント3:大失敗の悔しさが「バリュー投資」のイノベーションを生む

しかし、ケネディやバルークのように上手に売り抜けることができず、株価暴落で大損したとしても、それで人生が終わるわけではありません。

世界大恐慌で大損した投資家の中から、悔しさをバネにイノベーションを起こす賢人が現れました。「バリュー投資の父」を呼ばれる、ベンジャミン・グレアム。大投資家として知られるウォーレン・バフェットの「師匠」としても、知られている人物です。

1894年生まれのグレアムは、17歳で米コロンビア大学に入学し、全学2位の成績で卒業した英才でした。卒業後は証券会社勤務を経て、40代前半で投資会社を立ち上げて独立。投資業と並行して、母校コロンビア大学のビジネススクールでファイナンスを教えるなど、証券業界で名の知れた存在になっていました。

グレアムの投資成績は「暗黒の木曜日」に至るまでは良好で、株価暴落に備えて空売りまで仕掛けていました。ところが、株価暴落の過程で空売りを手じまいした後、翌年には、買い戦略に転じます。株価が下がりすぎていると判断したのですが、この読みが間違えていて、グレアムは結局、資産の70%を失うという大敗北を喫します。

再起を期して、グレアムが取り組んだのが、財務諸表の分析でした。投資先の企業の財務分析をするのは、今となっては当たり前のことですが、当時はそうではありませんでした。そもそも、財務諸表の情報公開に明確なルールもなかった時代です。

そんな時代に、グレアムが財務諸表の分析を始めたのは、企業の「本質価値」に注目したからです。米国には当時、「時価総額が解散価値を下回っている企業」が多くありました。そのような企業の株式を取得することには、理論的に損がありません。このような観点から、株式には、個別企業に特有の「本質価値」というものが存在するとグレアムは考えました。株価と本質価値の間には多くの場合、ギャップがあります。そして本質価値が比較的、安定しているのに対して、株価は日々、上がり下がりします。だから、株価が本質価値を大きく下回るときに買えばいいとグレアムは考え、本質価値を探り当てるために財務諸表に目を向けたのでした。

グレアムが編み出した「バリュー投資」とは、簡単にいえば、「株価が本質価値を大きく下回るときに株式を買う」という手法です。グレアムは「吸おうと思えばまだ何ぷくかの余地がある『葉巻のすいさし』を買うようなもの」と説明しました。「こんなものに価値はない」と、うち捨てられた株式の中に、実は十分な価値があり、将来の値上がりが期待できるものが転がっているということです。

米国の株式市場が長期低迷した世界大恐慌の時代には、葉巻のすいさしのような株式はたくさんありました。グレアムの株式投資は好成績をたたき出します。グレアムが運用する投資会社は、1936年からの20年間で、平均21%の運用利回りをたたき出しました。

痛恨の大失敗が「素人のためのイノベーション」を生み出す

「暗黒の木曜日」の前に株を売り抜けたケネディやバルークの勝因は、どちらかというと勘の鋭さにありました。統計を重視したといっても、最後の判断はセンスに頼るところが大きく、凡人にはまねのしにくいものでした。これに対して、グレアムのバリュー投資は、コツコツと分析を重ねれば結果が出るという意味で、直感やセンスに乏しい凡人でも結果を出しやすい手法です。投資のおける「イノベーション」と呼んで、過言ではありません。

バフェットは、グレアムの本を読んで衝撃を受け、グレアムが教えるコロンビア大学大学院に進学し、グレアムが運営する投資会社で働いて、その投資術を徹底的に学びました。また、グレアムがバリュー投資の極意を記した『証券分析』(パンローリング)は、日本語版で950ページを超える大著ですが、今なお投資理論の教科書として不動の地位を得ています。このようイノベーティブな理論の出発点が、世界大恐慌での痛恨の大失敗にあったというのですから、歴史とは面白いものですね。

玉手義朗
 1958年生まれ。筑波大学社会工学類卒業後、東京銀行(現三菱UFJ銀行)、マニュファクチュラース・ハノーバ―銀行(現JPモルガン・チェース銀行)などで外国為替ディーラーの経験を積む。1992年、TBS(東京放送)入社。経済部デスクや経済キャスターなどを務める傍ら、経済関連の書籍や記事を執筆。TBSを定年退職した後、現在はフリーランスのエコノミスト、メディア評論家として活動。著書に『円相場の内幕』『見に行ける 西洋建築歴史さんぽ』『あの天才がなぜ転落』など。
『大恐慌の勝者たち』は、今こそ学びたい「教養としてのマネー史」をまとめた一冊です。1929年10月24日、NY株式市場でダウ平均が暴落したことから始まる「世界大恐慌」と、アメリカ経済の「失われた25年」。そんな時代にも、がっちり稼いだ投資家、事業家がいました。株価暴落を予知して大儲けした猛者に、デフレ経済を追い風に変えたイノベーター。彼ら11人の本質的な勝因をみていきます。

大恐慌の勝者たち

著者 : 玉手義朗
出版 : 日経BP
価格 : 1,980 円(税込み)

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