日経ナショナル ジオグラフィック社

このように感染症に関して、「根絶」という言葉がめったに使われることはない。だから「病気の辞書から削除すべきだ」と、米ニューヨーク大学世界公衆衛生大学院の疫学教授で、同校のエージェントベース・モデリング研究室を設立したジョシュア・エプスタイン氏は主張する。ウイルスは「動物の宿主に戻るか、低レベルで変異を続けるかのどちらかです。この世から完全に消えてしまうわけではありません」

過去のパンデミックを引き起こした病原体の多くは、今もまだ存在している。WHOによると、10年から15年の間に、3000人以上が腺ペストと肺ペストを引き起こす細菌に感染していた。また、1918年に世界的に大流行し、5000万人以上が死亡したとされるスペインかぜの原因ウイルスは、致死性の低い株に変異し、その子孫は現在「季節性インフルエンザ」として知られている。

同様に、新型コロナウイルスも変異を続け、人間の免疫系はいずれワクチンなしで対抗できるようになると考えられている。ただし、その前にまだ多くの人間が発症し、命を落とすだろう。「自然に任せて集団免疫を獲得しようとするのは強引な解決法で、あまりお勧めできません」と、オメル氏は言う。

ほかの専門家たちも、感染拡大を阻止し、その影響を管理する方法を模索するほうがはるかに安全であると指摘する。たとえば、今は害獣を駆除し、衛生管理を徹底することでペストを予防できる。発症しても、抗生物質での治療が可能だ。

なぜ全員にワクチン接種が必要なのか

インフルエンザなど、その他の疾患予防にはワクチンが大きな役割を果たす。現在使用されている新型コロナワクチンは安全性と有効性が高く、十分な割合の人々が接種すれば、自然感染だけに頼るよりもパンデミックは早く終息し、死者も減らせる。

WHOのテドロス事務局長は21年7月30日に、9月までに世界人口の10%以上に新型コロナワクチンを接種するという目標を再確認した。また、年末までに世界の40%、22年半ばまでには70%の接種率を達成させるとしている。

だが、今のところワクチンを1回以上接種した人の数は、世界人口の28%にとどまっている(21年8月現在)。ワクチンの配分も国によって大きな偏りがあるのが現状だ。欧州連合(EU)では、接種可能な年齢の4分の3近く、米国では12歳以上の68%が少なくとも1回以上の接種を済ませている。

一方、新型コロナによる死者が多いインドネシア、インド、アフリカ大陸のほとんどの国では、接種が思うように進んでいない。その原因の一つは、全世界でのワクチン接種を推進する国連支援プログラム「コバックス」がワクチン確保に難航し、世界の最貧国へ提供できないでいるためだ。8月になってWHOは、富裕国へ対して、自国民へ追加接種(ブースター接種)を開始する前に貧しい国へワクチンを提供するよう呼びかけた。

供給が十分にある国でも、ワクチンへの不信感と誤った情報によって接種者数は伸び悩む。米国では現在、1日の接種人数は平均61万5000人で、4月13日のピーク時と比較すると82%の減少だ。接種率が低い地域では感染者数の増加に伴って、病床数の不足が深刻になりつつある。

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