朝ドラ「おかえりモネ」で話題 気象予報士ホントの姿
NHKの連続テレビ小説(朝ドラ)「おかえりモネ」のストーリーに登場して話題になっている「気象予報士」。これはどんな資格なのか。この資格を持つ人が活躍している気象キャスターとはどんな仕事なのか。朝のラジオ番組で気象情報を伝えている気象予報士の伊藤みゆきさんが解説します。
超難関資格である気象予報士しかできない仕事とは?
皆さん、初めまして。気象予報士の伊藤みゆきです。
私が担当している朝のラジオ番組の気象情報では、花の開花やセミの声など季節の話題も添えています。
すると、全国各地のリスナーさんから「うちのほうではまだ咲いていない」「ここではもう別のセミが鳴いている」など、多くのレスポンスが寄せられ、南北にも東西にも長い日本列島の季節感を共有できるようになりました。
コロナ禍で遠出できない分、ご近所での小さな発見も大切だなあと実感しています。
さて、2021年は春先から気象予報士・気象キャスター界がちょっとザワついていました。
NHKの朝ドラ「おかえりモネ」は、清原果耶さん演じるヒロイン永浦百音(愛称・モネ)が気象予報士になるストーリーだったからです。ドラマがスタートした朝は、私のツイッターのタイムラインが各局の気象キャスターのつぶやきで埋まっていたほどでした。
ヒロインが資格に挑戦した回が放送された7月に入ると、職場でも「気象予報士ってなるのが大変なんだね」「合格率5%なんだってね」と改めて労わられるようになり、気象予報士に興味を持つ人が増えたように感じます。
この気象予報士について、私の経験も含めてお伝えします。
まず、気象予報士は国家資格です。
気象業務法が1993年5月に改正され、気象庁以外にも気象庁長官から許可された者が一般向けに天気予報を発表できるようになりました。この際、予報の基となる資料やデータを適切に扱い、防災面も的確に配慮できる人を確保する目的で「気象予報士制度」が導入されたのです。天気予報は、穏やかなときは「傘が要るか」「暑いか寒いか」が主ですが、ひとたび災害となると生命や財産を守る重要な情報でもあるからです。
突然ですが、ここで問題です。
気象予報士にしかできないことは、以下の3つのうちどれでしょうか?
(2)お天気キャスターとしてテレビに出ること
(3)テレビで台風の進路を予想して発表すること
答えは(1)です。
質問すると、多くの人が(3)と答えますが、(2)は予報士でなくても可、(3)は予報士でも不可なんです。
というのも一般向け(テレビやインターネットで不特定多数に発表する)予報の場合、台風に関しては気象庁の台風情報の範囲内にとどめ、独自の予報などを提供することはできないという気象業務法があるからです。そのため台風の進路予想に関しては、どのテレビ局の天気予報を見ても同じ内容になっているはずです。雨か雪かなどは独自色が出せるので、「あの局は雨って言ってたけど、この局は雪だって」となる場合があります。
気象予報士と名乗るためには、気象予報士試験に合格した上で、気象庁長官の任命を受けるという2つのステップが必要です。
気象予報士試験の初回は94年8月28日に行われました。2777人受験して合格者は500人、合格率は18%でした。
近年は毎年1月と8月の第4日曜日に試験が行われ、過去55回で、のべ20万4552人が受験し1万1325人が合格しています。56回目の今年は7月22日に行われました。
トータルの合格率は5.5%で、最も合格率が低かったのが第12回・39回・41回・44回の4.0%。朝ドラのヒロインが3度目の受験で合格したとされる16年1月(第45回)の合格率は4.5%でした。
超難関試験は試験の仕組みも複雑
ちなみに21年1月に行われた第55回の合格率は5.6%。
男性2037人・女性579人の計2616人が受験し、合格したのは146人(女性29人)。年齢別の内訳は、19歳以下は11人、20代が最も多い63人、次いで30代の34人、40代は15人、50代は17人、60歳以上が6人となっています。
実は、第55回までの合格者総数1万1325人に対して7月1日時点の気象予報士は1万979人……300人強は狭き第一関門をクリアしたにもかかわらず、気象庁長官の任命を受ける(気象庁に申請する)第二関門をくぐっていないというのですね。少し気になりますが、何か事情があったのかもしれません。
さて、ここで、気象予報士試験について詳しく紹介してみます。興味がある方は読んでみてくださいね。試験は、マークシート式と記述式の2段階で行われます(過去10回分の問題と解答例は気象業務支援センターのホームページで見ることができます)。
記述式は「実技試験」という分野で、過去の気象現象について資料を基に解答していきます。実技といっても気象キャスターのように立って天気図の解説をするのではなく、実際の天気について書いて答える試験です。
例えば、九州北部で大雨が降った日の実際のレーダー画面や予測資料など10枚前後の図とともに、強雨の時間帯や低気圧の位置、気温の変化などを問われます。
実技試験の前に立ちはだかるのがマークシート式の「学科試験」で、これは予報に関する一般的な知識「一般」と専門的な知識「専門」の2つに分かれています。
「一般」は気象業務法や地球の自転、雲の発生過程など多岐にわたります。高校の地学や物理、数学の知識なども関わってきます。
「専門」は気象観測や予報の仕組みや精度評価など、予報の現場で使う内容が多く含まれ、「一般」「専門」は別々に合否が発表されます。
学科の合格分野はその後2回まで受験免除となりますが、両方同時に合格していないと、午後の実技試験の合否判断対象になりません。
例えば「専門」だけ合格した場合、次かその次で「一般」の合格を目指し、合格がそろったタイミングで記述式の「実技」も受からなければならない……というのが厄介で、免除期限が過ぎてしまうとまた最初からになってしまいます。
この試験の仕組みを読んでも「?」、問題を見るとさらに「???」と思う人が多いと思います。私もそうでした。
私は大学時代に文系の学部に進んだので、理数系の科目を勉強したのは高校1年生まで。社会人3年目で初めて気象予報士の受験を試みたとき、「サイン・コサイン・タンジェントなんてもう一生出会うこともない」と思っていた高校時代の自分に、「10年後に再会して苦しむことになるよ」と教えてあげたくなりました。日本語で書いてあるはずのテキストが、外国語並みにチンプンカンプンだったのです。
最年長合格者は74歳 「普通の人」にもチャンスが
このレベルでも希望を持てたのは、合格ガイドブックに書かれていた「普通の人でも受かることがある」という一言でした。当時20代半ばで証券会社に勤務していた私は「それなら自分も頑張れば……」と勇気が湧いたのです。
気象予報士の受験には年齢制限がありません。
これまでの合格者の最年長は74歳10カ月(当時)、最年少は11歳11カ月(当時)の小学6年生。小学校5年生から勉強を始めたそうです。
「普通の人枠」を狙った私は、中高生向けの参考書を買い、辞書を引いてテキストを読み解くところからスタート。10年分の遅れを一気に挽回して理数系の人と同じ土俵に上がるために、ある作戦を企てました。
それは「知っているふう」の解答をすることです。
例えば野球の展開を見て「6.4.3のダブルプレーだ」と言えば、ある程度、野球を知っている人という雰囲気が出ると思います。これを気象予報士に当てはめて、「この用語を使えば採点者に好感触では?」というキーワードをまとめたり、ここ1~2年の気象災害を調べて「台風が来た日」「大雨が降った日」「曇って寒かった日」などに分類して日付と内容を暗記したりしました。後にこの勉強法は大正解だと言われて驚いたものです。
さらに、文房具もお気に入りの物を使うようにして気分を上げました。さまざまなノートやペンでポイントをまとめ、目に焼き付けていきました。
受験のために退職し、3回目の受験で合格
幸いなことに勉強を始めて半年後、初受験でマークシートの「学科」が2つとも合格。まさか一度目のチャレンジで受かるとは思っていませんでした。受験に集中するため、合否発表前に会社は辞めて退路を断っていましたので、絶対に「実技」も受かって気象予報士になろうと、決意を新たにしました。
それから1年後、3回目の受験で合格したときには、「このとき以上に頑張ったことはない」という人生経験を得られました。というのも、試験免除の最後のチャンスとなった97年の8月は、昼間に眠って夜間に勉強。食事は栄養バランスを考えつつ、最小限の量にとどめました。満腹で眠くなるのを予防したのです。
そうして気象予報士に合格した半年後、日本テレビCS放送の「NNN24」から気象キャスター人生が始まりました。
試験合格後、半年で資格を生かすことができたのは「女性予報士がまだ100人未満」と若干売り手市場だったことと、証券会社の接客で受け答えに慣れていたのが幸いしたと思います。試験合格を予報会社に報告したとき「しばらく仕事(オーディション)はないかもしれないから、食いつなぐバイトは探しておいたほうがいいよ」とアドバイスされ、実際に派遣社員として3カ月間、コピー機の商品説明をしました。
気象予報士というと気象キャスターが主な仕事と思われがちですが、放送局向けに天気のアドバイスをしたり、アナウンス原稿を書いたり、特定の地域や企業向けに気象情報を提供したりする仕事もあります。一方で、気象に携わる仕事に就かない・就けない人が一定数いるのが現状です。
13年に気象庁が郵送にて実施した気象予報士現況調査(送付数8935通・回答数3875通)によると、全体の76%の就業者のうち 31%が気象に関係する業務(気象の予報や解説/その他の気象関連業務が半々)に従事しているそうです。
全体の57%は、気象予報士資格が業務や社会活動などに役立ったと回答。気象業務に就いていなくても、防災関係の活動などに資格が役立ったという回答が多いようですが、返信がなかった方々は役立っていないという可能性もあります。
年齢制限もなく一生モノの資格ですが、ブラッシュアップなどのフォローも必要かと思います。
私が受験した20年以上前からすると、気象情報の種類が増えて予報精度が上がり、世間の気象に対する理解度も格段に上がりました。
受験勉強の難関「大気の状態が不安定」は、その仕組みを理解するのにかなりの時間を要しましたが、今や「それなら雷雨や大雨に注意だね」となる合言葉として用いられています。
勉強していた頃は、気象予報士ではない自分の家族や友人が「大気の状態が不安定」という言葉を使うようになるとは思いませんでした。
予報が充実するのを上回るかのように、大きな気象災害も増えています。04年からは「気象庁が命名した甚大な気象災害(令和元年房総半島台風など)」が毎年のように発生し、今後も心配です。
気象予報士は年齢を重ねるにつれ、資格の強みが増す
気象解説の仕事は、「目に見えない空気の流れ」を読んで、他人に納得してもらうことです。自分自身の視点や表現力などを磨く必要があり、資格以上の勉強につながります。
この仕事をして実感しているのは「年齢を重ねるにつれて、資格自体の強みが増していく」ことです。恐れずにいえば女性キャスターのニーズには年齢などの壁があるのが現実です。でも、比較できる天気や季節が年々ストックできると、説得力が増し、予測に関する引き出しが増えることにつながります。「気象予報士」はライフワークとしては損のない資格といえます。ただ、気象現象に休みがないため、シフト制の仕事をこなせる体力維持も必要になります。
気象予報士試験は合格がゴールではなく、新たな勉強へのスタート地点。その先に人それぞれのゴールが待っている……と思って私も日々模索しています。地震や火山噴火などと比べて、予想精度がかなり高くなっている中、「予報の基となる資料やデータを適切に扱い、防災面も的確に配慮できる人」という資格誕生の意義が一段と重要になっていると思います。
気象予報士・気象キャスター。証券会社勤務の傍ら気象予報士を受験。資格取得後は民放のテレビ・ラジオの気象キャスターを経て、現在はNHKラジオ第一「マイあさ!」出演。言葉だけで空の様子や天気変化を解説し、防災意識向上にも取り組む。気象災害委員会(日本気象学会)委員。防災士養成講座(気象分野)講師。趣味の写真を生かし、オフィシャルブログやツイッターでも情報発信中。
(文 伊藤みゆき、写真 伊藤さん提供、図 気象庁提供)
[日経xwoman 2021年8月3日付の掲載記事を基に再構成]
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