レゴを倒産危機から救った大人のファン 復活劇の真相

ナショナルジオグラフィック日本版

レゴのピラミッドを組み立てるフィル・ソファー氏。レゴが業界トップの座に上り詰めることができた最大の理由が、ソファー氏のような大人のレゴファンだ。関係者によれば、「子供用」から「大人も歓迎」に至る道のりは平たんではなく、長い上り坂の連続だったという(PHOTOGRAPH BY DOMINIC LIPINSKI, PA IMAGES VIA GETTY IMAGES)

大人たちがプラスチック製ブロック玩具を大量購入し、オリジナルの作品をつくっている――そう聞いたレゴの幹部たちは「首をかしげていました」とパール・スミス・マイヤー氏は振り返る。

スミス・マイヤー氏は2000~14年にレゴで要職を歴任した人物だ。「1990年代後半まで、レゴは大人のファンにそれほど価値があると考えていませんでした。むしろレゴの首脳陣は大人が夢中になることが、かえってレゴブランドを棄損すると考えていました」(スミス・マイヤー氏)

レゴ社内の意識改革に取り組んだ従業員のおかげもあって、現在レゴが大人のファンに困惑することはない。実際、レゴの販売パッケージに「7~12歳の男の子用」と書かれる時代は終わり、「大人も歓迎」が現在のスローガンだ。

現在のレゴは、世界で最も利益を上げている玩具メーカーだ。レゴが頂点に上り詰めたのも、大人のレゴファン(Adult Fans of Lego:AFOL)の熱意と購買力のおかげだ。しかし、「子供用」から「大人も歓迎」までの道のりが長かったことはあまり知られていない。

「レゴは子供用」の固定観念

レゴの創業者オーレ・キアク・クリスチャンセンは、自分の商品を子供だけに販売したいと考えていた。「A Million Little Bricks:The Unofficial History of the Lego Phenomenon(100万個の小さなブロック:レゴ現象の非公式な歴史)」の著者で、レゴの歴史を調査しているサラ・ハーマン氏によれば、1932年にレゴグループを立ち上げたとき、クリスチャンセンは「アヒルのプルトイ、レーシングカー、貯金箱など完全に子供向け」の木製玩具をつくった。

1946年、クリスチャンセンは射出成型機を購入して、プラスチック玩具の製造を開始。そして1958年、息子のゴッドフレッド・キアク・クリスチャンセンとともに、突起と円筒を結合させるブロックを開発する。基本設計は現在もほとんど変わっていないので、発売当時のブロックと現在のブロックを組み合わせることも可能だ。

会社が成長を始めて60年の間、レゴブロックが大人を魅了する商品だと想像できる人はほとんどいなかった。

レゴが本当の自社の商品価値を認識する何年も前から、実際には大人のレゴファン(AFOL)はレゴの収益に大きく貢献していた。20年前、レゴが「スター・ウォーズ」や「ハリー・ポッター」などのヒット映画からインスピレーションを得たセットを販売し始めたとき、すぐに飛び付いたのは大人のファンのほうだった。

テクノロジーを中心としたカルチャー誌「Wired」に、「レゴ史上最も売れた商品」と紹介されたプログラミング可能なロボット「マインドストーム」(1998年に最初のモデルが発売)に至っては、購入者の70%を大人が占める時代もあった。また、AFOLは非公式のファンの集いを開催したり、オンラインのユーザーグループで交流したりしていた。

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