日経ナショナル ジオグラフィック社

写真のヤコブ・シューベルト氏など、ロッククライマーにとってクライミング用のチョークは重要な道具だ。ただし、岩壁に生える植物が被害を受ける可能性も指摘されている(PHOTOGRAPH BY OLE SPATA, VISUM/REDUX)

新たな研究によれば、チョークは景観だけでなく、岩壁の植物相も損なう可能性がある。

2020年10月に発表された研究によると、実験室の環境において、クライミング用のチョークは岩壁に生えるシダやコケ各4種の発芽と生存に悪影響を与えた。その影響は、チョークを拭き取っても変わらないようだ。一度ついた化学物質は完全には除去できず、岩壁表面の酸性度が変化するので、その後も植物の生存能力に影響を与え続けることになる。

問題は、クライミングスポットには「迷子石」と呼ばれる、氷河によって長い年月をかけて別の場所から運ばれてきた巨大な石も含まれることだ。研究でも注目されたように、このような場所はいわば植生の孤島で、周囲とは違う独自の生態系が存在する。そこには、氷河期や、当時の植生がどのように移動したかにまつわる情報が隠されているかもしれない。

さらに、チョークがクライミングに有効かどうかさえ、まだはっきりとはわかっていない。グリップ力を高める効果はないという論文もあれば、まったく逆の結論を出した論文もある。

スイス、チューリヒ工科大学の博士候補生で、前述の20年の研究の共著者でもあるダニエル・ヘペンストリック氏によると、チョークが役立つというクライマーもいるものの、どうやら心理的な影響である可能性の方が高いようだ。氏もロッククライマーの一人だ。「登っている最中に困ったことが起きたらどうするでしょうか。みんな、手にチョークをつけるのです」

チョークが環境に及ぼす影響

クライミング用チョークには、製造の過程で生じる問題もある。炭酸マグネシウム(MgCO3)は、地中深くに存在するマグネサイトという鉱物から得られる。雑誌「Climbing」によると、その70%以上は中国の遼寧省産だ。採掘や加工を行うプラントの周囲を撮影した衛星写真からは、雪のように見える炭酸マグネシウムの粉末が山積みされている様子がうかがえる。

中国政府は鉱業関連の法規制を強化し、環境への影響を抑えるとともに、環境の浄化を進めようとしている。しかし、遼寧省にある中国科学院瀋陽応用生態研究所の生態学者で、炭酸マグネシウムについて研究する曾徳慧氏も、チョークが植物相に与える影響について、ヘペンストリック氏と同じ意見だ。曾氏によると、採掘現場のマグネシウムの濃度が高い土壌サンプルでは、養分や微生物の減少、植物の枯死などが見られるという。

ただし、ヘペンストリック氏は、チョークの環境への影響について調べた研究はまだ少なく、結論を断定できる段階にはない点を強調している。クライミング用チョークの影響を詳細に把握するには、さらなる研究が必要になる。だが、それは簡単なことではない。

総じて、ロッククライミングによる環境への影響はまだよくわかっていない。制限となる要素の一つが、現場へのアクセスだ。

次のページ
クリーンなクライミングとは