日経ナショナル ジオグラフィック社

蚊取り線香の包装部門。紫色の蚊取り線香はケニアの国内市場向けだ(PHOTOGRAPH BY VITO FUSCO)

ケニアの大手除虫菊メーカーの営業担当者、ベアトリス・ムトニ・サンビ氏は、毎週、あちこちの農家を訪ねて除虫菊栽培への転換を呼びかけている。だが、農業従事者のなかには、支払いが滞った苦い過去を忘れていない人もあり、「あなたの会社は潰れないのか?」「10年後でも花を買ってくれるのか?」「期限までに支払いができるのか?」など、疑問の声を浴びせられることもある。

こうした顧客の懸念に対し、ムトニ氏は、それは過去のことだときっぱり断言している。ムトニ氏の会社は、一般向けのデジタル携帯決済システムを導入して、農家に迅速な支払いを行っているからだ。

ある日の午後、ムブグワさんは、携帯電話の画面に表示された5198シリング(約5200円)の入金を見て、歓声を上げた。収穫から3日後のことだ。ムブグワさんは、この収入で19歳の娘、ジョセフィンさんに新しいスマートフォンを買い、大学の学費にも充当するつもりだ。

除虫菊の花は2週間おきに完全な手作業で収穫される(PHOTOGRAPH BY VITO FUSCO)

自然農薬への回帰

ピレトリンの新規市場が、除虫菊産業の回復を加速させる可能性がある。化学農薬には批判が集中しており、ミツバチが世界中で減少するなど、いわゆる「昆虫の黙示録」の元凶とされている。化学農薬によって一部の鳥の個体数が大幅に減少したり、プランクトンや魚が死滅して水生生態系が破壊されたことも明らかになっている。

現在、「先進国では、農家が作物に噴霧する化学農薬の量を制限するため、許容残留量を定めています」と、ショー氏は説明する。ピレトリンは、日光と時間の経過によって自然に分解するので、環境にやさしい代替手段となる。「24時間後には、何も残っていないのですから」

ところで、東アフリカで農作物に破滅的な被害をもたらしているサバクトビバッタの駆除に、ピレトリンを活用できないだろうか。現在、その研究が進行中だ。サバクトビバッタは700億匹もの大群になることがあり、1日で約14万トンの作物を食べつくす。

ショー氏によれば、ケニアは、このバッタとの闘いに化学農薬を使用してきたが、化学農薬は最長6カ月間、作物に残留する。ショー氏は、ピレトリンがバッタの大発生に対処する代替手段になる日も近いと見ている。最近行われたケニア、ナイロビ大学の野外調査で、ピレトリンをベースとした噴霧剤が、24時間で96%以上のサバクトビバッタを駆除したことが明らかになった。世界のピレトリンの大半がケニアで生産されていた歴史もあり、ショー氏は、今後、除虫菊栽培が完璧な解決策になり得ると考える。

「サバクトビバッタは、アフリカの角が抱える問題です」とショー氏は言う。「そして、除虫菊こそアフリカの角ならではの解決策なのです」

(文 JACOB KUSHNER、写真 VITO FUSCO、訳 稲永浩子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2021年8月11日付]