日経ナショナル ジオグラフィック社

また、除虫菊委員会は農家への支払いを遅延させ、とうとう支払いを完全に停止してしまった。入金が何カ月も滞ったため、追い詰められた農家は、もっと利益が上がる作物の栽培に転向せざるを得なかった。農場を手放した人々もいた。

除虫菊委員会は、2018年までかかって栽培農家への負債を清算した。化学農薬の禁止が拡大し、天然殺虫剤の原料となる除虫菊の需要が増大している現在、除虫菊産業は、復活に向けて動き出している。

「農務省の私たちは過去を振り返って、除虫菊が多くの世帯を支えてきたことに気づきました」とキベット氏は話す。「除虫菊のおかげで、今日の私たちがあるのです。除虫菊産業では、過去にも優れた業績を上げることができました。私たちには知識もあり、既存のインフラもあります」

17年、ナクル郡政府は民間の除虫菊会社6社と協力して、1万5703戸の農家に除虫菊の苗の配布を開始し、すでに10万人を超える人々に収益をもたらしている。

グレースさんは、除虫菊栽培に誇りを持っている。除虫菊栽培の復活は、地元の人々に雇用の確保と社会的利益をもたらす(PHOTOGRAPH BY VITO FUSCO)

除虫菊栽培が農家の収入を増やす

ケニア中央部の高原地帯は、除虫菊の栽培には最適だ。さらに除虫菊は、急斜面でも元気に育つ。

サロメ・ワンガリ・ムブグワさんは、ある土曜日の朝、1エーカー(約4000平方メートル)の畑で、新しく植えた除虫菊の小さな白い花を摘み取った。子どもの頃も除虫菊の収穫を手伝っていたが、結婚して母親になった頃、除虫菊の花はすっかり姿を消していた。ムブグワさんはイモ類とトウモロコシを栽培したが、何度も害虫や洪水の被害に見舞われ、生活は苦しかった。子どもたちに十分に食べさせることができない時期もあった。

19年、新しい除虫菊企業が村で除虫菊の苗を配布した時、彼女はこのチャンスに飛びついた。わずか2カ月後、彼女は、イモ類の栽培で1年間に得た収入と同額を、除虫菊栽培で手にすることができた。ムブグワさんは、この収入を「少しの借金を清算し、子どもたちにもっと良い暮らしをさせる」ために使いたいと話している。子どもたちがいつも新鮮な牛乳を飲めるように、そして、二度と空腹に悩まされないように、乳牛を飼うつもりだ。11歳の息子、デビッド・ムニ・ムブグワ君も母親の成功を見て、自分も農業従事者になりたいと考えている。

だが、依然として除虫菊栽培には課題もある。1エーカーの畑に除虫菊を栽培するには、 2万2000本の苗が必要だ。その費用は8万8000シリング(約9万3000円)で、ムブグワさんの隣人の多くにはとても手が出ない値段だ。また、除虫菊自体が害虫にやられることもある。こうした害虫は化学農薬で予防できるのだが、農家の多くは化学農薬を購入する経済的な余裕がない。

除虫菊の花に含まれる強力な天然の毒素は、環境にやさしく効果的な殺虫剤の原料となる(PHOTOGRAPH BY VITO FUSCO)
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