ケニアの除虫菊 天然殺虫剤需要が再起の追い風に

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

除虫菊を乾燥させる。生産過程はすべて手作業だ(PHOTOGRAPH BY VITO FUSCO)

アフリカ、ケニアの丘陵地帯に広がる白い菊の花。除虫菊(Chrysanthemum cinerariifolium、シロバナムシヨケギク)だ。この花を摘み取る人々にはまったく無害だが、昆虫は用心しなければならない。花の黄色い中心部には、昆虫を死へ追いやる毒が含まれている。

除虫菊に含まれる殺虫成分はピレトリンと呼ばれ、これを用いて天然の殺虫剤を生産することができる。農家はこの殺虫剤を作物に吹きつけて、ダニやアリ、アブラムシの被害から作物を守る。牧畜業者が牛にピレトリンの軟膏(なんこう)を塗れば、ハエやダニを寄せ付けない効果がある。

ピレトリンは害虫の中枢神経系に作用して麻痺(まひ)させる。「虫に除虫菊剤をスプレーすると、虫は最初の30秒ほどは混乱して異常に活発に動きまわり、その後、落下します」と、除虫菊剤メーカー、カピ・リミテッドの経営責任者、イアン・ショー氏は説明する。

住まいの近くで除虫菊を栽培するだけでも、寄生虫を運ぶサシチョウバエを忌避する効果が期待できる。このサシチョウバエに刺されると、リーシュマニア症という皮膚病に感染するおそれがある。世界で年間100万人近くがこの病気を発症しており、ケニア国内でも多数の患者が出ている。

蚊が媒介するマラリアのような病気との闘いにおいても、ピレトリンは強力な武器となっている。毎年、世界で数億人がマラリアに感染し、40万人以上が死亡しているが、ケニアにも感染者や死者は多い。ピレトリン製品の一つである蚊取り線香は、お香のように煙をくゆらせて蚊を追い払う。

「ピレトリンは、世界で最も重要な殺虫剤です」と話すのは、ケニアの首都ナイロビから北へ車で3時間のナクル郡の農業責任者であるジョエル・マイナ・キベット氏。「ピレトリンは自然でオーガニック、そして、環境への影響もありません。利用者にもやさしい殺虫剤です」

工場で作られる蚊取り線香。煙で蚊を撃退する(PHOTOGRAPH BY VITO FUSCO)

世界の大半の除虫菊を栽培していた

ケニアは、1970年代から1980年代にかけて、世界のほぼすべての除虫菊を栽培していた。1920年代後半、英国からの入植者が除虫菊をケニアに持ちこんだのが始まりで、1940年には、日本を抜いて世界有数の除虫菊生産国に成長した。1960年代初めのケニアでは、除虫菊はコーヒー豆と紅茶に次ぐ3番目の主要産業であり、世界の除虫菊の70%以上を供給し、約20万人が生産に従事していた。

除虫菊生産は1980年代にピークを迎えたが、1990年代には急速に落ちこみ、やがて完全に破綻した。農村経済も甚大な影響を受けた。世界銀行の報告書によれば、ケニアでは、国営企業であるケニア除虫菊委員会が市場を独占して他の民間企業の参入を妨げたため、民間の除虫菊企業が成長したオーストラリアなどに太刀打ちできなかったという。

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除虫菊栽培が農家の収入を増やす