起業家サイドも女性は少なく、「女性ならではのペイン(悩み事)が事業に反映されにくい」。投資家の中には、女性起業家の妊娠・出産といったライフイベントを「事業が止まるリスク」と見る向きが少なくない。実際に「妊娠した時に株主へ伝えるか迷った」「結婚・出産について投資家に質問された」という起業家もいるという。

数少ない女性ベンチャーキャピタリストの1人として、勢いで飛び込んだVCの世界で女性としての悩みがないと言えば嘘になる。「将来、出産前後に体調を崩したり子育てで時間の制約が増えたりすることによって『私がVCとして選ばれない理由になるのだろうか』と考えることもある」と明かす。だからこそ「女性起業家、そして起業家と伴走できる女性VCの両方が増えなければ意味がない」と強調する。こうした不安を解消するためには「たくさんのロールモデルを輩出して事例を作っていくことが必要だ」と力説する。

「たくさんの女性のロールモデルを輩出することが必要だ」と訴える

ANRIの投資先に占める女性起業家の割合は、20年夏時点で約5%。そこで新たに組成した4号ファンドの投資方針を決めるにあたって、佐俣氏と話し合いを重ねた。そうして出てきたのが、投資先のスタートアップに占める女性経営者の比率を最低2割にする目標だった。今ではANRIの採用方針なども含めて、会社全体で多様性を意識していくためのプロジェクトを江原さんがリードしている。

現代は弱みを見せることのできるリーダーが好まれる

もう1つの大きな関心事は、起業家のメンタルヘルス。同世代の起業家が増える中、「理想のリーダー像が変わりつつある」と感じている。かつては弱みを見せない完全無欠なリーダーが支持されたが、今は自分の弱みを開示して経験をシェアできるリーダーが好まれる傾向があるという。米国ではメンタルヘルスの問題が日本より気軽に語られる文化があり、病気に対する認知度も高く病院受診も一般的だ。ただ、メンタルヘルスの悩みを抱える起業家の中には「投資家にリスク要因とみなされるのでは」との不安から共有をためらう人は多いという。

自身も中学生の頃にいじめに遭い、母に勧められカウンセリングセンターに相談。大学時代には、うつ病の診断を受けた。そんな経験を「起業家もメンタルの不調をもっとオープンに語れるように」との思いから、ブログなどで発信している。ただ、最近では気鋭の女性ベンチャーキャピタリストとして注目を浴び、インターネット上で傷つく言葉を目にすることも出てきた。そんな落ち込んだ時のために「嫌なことがあったときにやることリスト」を作成中だ。「実家の猫の動画を見る」「SNSで嫌なことを言われた日は好きなハーゲンダッツアイスを買う」といったささいなことだが、自分を愛する大切な時間だ。

江原さんは「1年前でさえ今の自分は想像できなかった」と笑うが、10年後については「想像できないけれどベンチャーキャピタリストであることは変わらないと思う」と言い切った。大学卒業のタイミングで学び足りなかったと感じたことから、いつか海外の大学院に行きたい気持ちもある。ただ、ジェンダーや多様性の問題は「きっとここ10年くらいで解決することではない」。だからこそ、スタートアップ業界から少しずつ変化を積み重ねることで「腰を据えて改善していきたい」と先を見つめている。VC界の新しい女性ロールモデルをめざす冒険は、始まったばかりだ。

(ライター 菊池友美)