時代は折しも第1プレッピーブームと重なり、正ちゃん帽にシップスやビームスのロゴ入りトレーナーを着てリーガルのスニーカーを履いて片手にスケボーを抱えた大学生が、『メンズクラブ』や『ホットドッグプレス』のファッションスナップで撮られたりした。

どうもなんだか日本のスケーターファッションは、かなりおかしなことになっていたのだ。ちょうど映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が公開されて、マイケル・J・フォックスがダウンベストにケミカルジーンズでナイキを履いてスケボーで滑っていたのもこの頃である。

第2次、ストリートカルチャーと融合

ちなみにこの時代のスケートボードは、デッキが丈夫で軽いグラスファイバー製になり、ホイールもカラフルなプラスチック製で、これまでのボールベアリングから手入れの楽なシールドベアリングに変わり、トラックと呼ばれるホイールを支える箇所もサスペンションが抜群によくなり、劇的に進化を遂げた。本気で滑っていたスケーターたちの間では逆にウッド製のデッキも人気があった。

そんなコンサバなポパイ少年の小道具だったスケートボードがストリートカルチャーとして変わっていったのが、80年代後半~90年代前半である。

スケートボード男子ストリート決勝の堀米雄斗選手の演技

米国ではスケートボードカルチャーが東海岸のNYのストリートにも広がり、オーバーサイズのスポーツウエアを着てヒップホップを聴くB―BOYファッションの若者たちもスケボーをやるようになる。西海岸発の「スラッシャー」や「ドッグタウン」といったハードコアスケーターブランドも登場。ハードコアなロゴやデザインがプリントされた黒いTシャツやスエットパーカーに、「ディッキーズ」のチノパンやデニムパンツを腰履きするスタイルが、「ヨコノリ系」と呼ばれて主流になる。「ステューシー」や、あの「シュプリーム」が登場したのもこの時代である。

日本ではこうしたスケーターのストリートカルチャーと裏原ブームがリンクして、第2次スケートボードブームが起こる。

スケートボードシューズは「スケシュー」と呼ばれて、「エアウォーク」など新しいブランドが次々とリリースされる。「ナイキ」や「アディダス」や「コンバース」も人気があり、VANSも「オールドスクール」が人気アイテムになる。

マーク・ゴンザレスや、スティーブ・キャバレロ、トミー・ゲレロといったスタープロスケーターも現れて、アパレルブランドやスニーカーブランドとコラボして、第2次スケートボードブームに拍車をかけたのである。

05年に公開された、スケートボードの発祥の地であるベニスビーチで生まれた伝説のスケートボードチーム「ZーBOYS」の青春を描いた『ロード・オブ・ドッグタウン』は、第2次スケボーム世代にとってのバイブル的な映画である。舞台は70年代だが、グランジファッションにも通じるボロボロのジーンズにスケシューという着こなしは今見ても全然古くない。

筆者は5年ほど前に初めてベニスビーチを訪れたのだが、ビーチに広々と続くコンクリートで造られたスケートパークで、年齢も人種も関係なく思い思いの格好でスケートボードを楽しんでいるスケーターたちの中に、障がいがある女の子が平気でゴン攻めしていたのを見て、「ここがスケートカルチャーの聖地なんだなぁ」とマジで感動しました。

第3次、「エクストリーム」で進化

ちなみに第2次ブームの時のスケートボードは、幅広のデッキでホイールをつなぐトラックも長いタイプが主流。今回の東京オリンピックのストリートでも競った、階段の欄干を滑ったり、ジャンプしてデッキの反っている箇所を蹴ってその勢いのままボードを跳ね上げるようにして浮かせたり、トリッキーな技が次々と生まれたのもこの時代である。トリッキーな技をできるようにデッキの表にはヤスリのような滑り止めを全面に貼って、裏には凝ったグラフィティアートを描くのもこの時代から始まった。

90年代後半~2000年代。スケートボードはフアッションやカルチャーを生んだストリートスポーツから、高度なトリック技を競うエクストリームスポーツとして、ますます進化を遂げる。

東京オリンピックでの堀米雄斗選手をはじめとする若いアスリートのスケーターたちの躍進が、まさにそれを象徴している。そう、かつてアキ秋山氏が言ったように、彼らにスケボーを教えた親たちは第2次スケートブームの頃にスケーターだった世代なのだ。

また12年、スケートボードと雑誌ポパイは再び邂逅(かいこう)を迎える。新生ポパイは「シティボーイ」を復活させて、新たにファッションディレクターにスタイリストの長谷川昭雄氏を起用する。ビッグシルエットのBDシャツやチノパンにVANSのエラを履いてキャップを被ったシティボーイファッションで、駒沢公園のスケボーパークで滑るというのが00年代のポパイ少年なのである。

今回の東京オリンピックでは、堀米選手をはじめ若い世代の選手たちが自由に着こなしていた公式ユニホームのナイキのカラフルなTシャツも注目された。

スケートボード男子ストリート決勝の演技を終えた堀米雄斗選手(左)

オランダのアーティストが日本のスケートパークやショップを見てまわってイメージしたという富士山を模したグラフィックデザインは、堀米選手も気に入って「今回使ったボクのボードにも富士山のグラフィックが描かれていてそれに合わせました」とコメントしている。金メダル獲得直後からナイキに問い合わせが殺到して、現在売り切れだという。

さて長くなってしまったが、最後に、東京オリンピックでパークに出場した、46才の南アフリカ代表のダラス・オーバーホルツァー選手について書いて終わりたい。

年齢からいったらまさに第2次スケートボードブーム世代である。10歳でスケボーを始めた彼にとって、アパルトヘイト政策で人種によって通う学校が分かれるなか、唯一の人種や文化を超えて交流できる手段がスケボーだったという。祖国にスケートボードパークを建設したり、貧しい子供にスケートボードを教えたりして、若者を非行やギャング組織から遠ざける活動をしているのだそうだ。ファッションも若い選手たちがシンプルなTシャツや白いシャツだった中で、ゼブラ模様のアロハシャツにチノショーツスタイル。白髪交じりのアゴひげをなびかせながら滑って飛んで転んで、一番イケてました。46才の現役スケーターにしてオリンピアン。マジリスペクトで鬼ヤバイっス!

いで あつし
1961年静岡生まれ。コピーライターとしてパルコ、西武などの広告を手掛ける。雑誌「ポパイ」にエディターとして参加。大のアメカジ通として知られライター、コラムニストとしてメンズファッション誌、TV誌、新聞などで執筆。「ビギン」、「MEN’S EX」、JR東海道新幹線グリーン車内誌「ひととき」で連載コラムを持つ。

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