あれから33年後の2021年、夏。東京オリンピック2020の新種目スケートボードで、アキ秋山氏の言葉はまさに現実になった。

東京の有明に造られたスケートボードパークで、日本の10代20代の若者たちが世界中から選ばれたスケートボーダーに勝るとも劣らないハイレベルな技術を見せて次々とメダルを獲得するなんて、あの頃は誰が想像できただろう。

スケートボード男子ストリートの堀米雄斗選手の演技(7月25日、東京都江東区)

男子ストリートで、ビッタビタにはめてゴン攻めした堀米雄斗選手。女子ストリートで、真夏の大冒険をキメた西矢椛選手や中山楓奈選手。女子パークで、夏にサクラを咲かせた四十住さくら選手や開心那選手。大技を失敗しても、国籍も年齢もメダルも関係なくみんなに抱えられて笑顔を見せた岡本碧優選手。コロナ禍での開催でいろいろあった東京オリンピックであったが、若い彼らのスケートボードが見られただけでもヨシとしようじゃないの。いやぁー、元ポパイ少年のオジサンは感動しまくりました!

ということで今回の「@ニュースなルック」は、いつもとちょっと視点をノーリーバックサイドノーズスライド270度回転させて、元ポパイ少年の鬼ヤバい昭和なオジサンが日本のスケーターファッションの変遷をマジ解説させていただきますっス。

第1次スケボーファッション サーファーブームとともに

日本におけるスケーターファッションの変遷は、アメリカ西海岸でスケートボードが生まれて雑誌ポパイが日本に紹介した1970年代後半~80年代前半、ヒップホップやグラフィティアート、スニーカー、裏原といったストリートカルチャーと融合した80年代後半~90年代前半、エクストリームスポーツとして進化した90年代後半~2000年代と、ざっくり3つの時代に分けられる。

まず、70年代後半~80年代前半。スケートボード黎明(れいめい)期でもあるこの時代、アメリカ西海岸のスケボーキッズ(こんな呼び方をしていたんです)たちのスタイルは、サーフブランドやスケートボードマガジンのロゴやイラストがバックやフロントにプリントされているロンT(長袖のTシャツですね。当時はまだ日本では珍しかったのだ)やサーフブランドのレインボーカラーの半袖ポロに、コーデュロイのサーフショーツやリーバイスのフレアジーンズ。靴は発売されたばかりのスケートボードシューズ「VANS」のブルーとレッドのツートンカラーのエラや、コンバース、ナイキのバッシューを履いている。VANSのエラをわざと左右色違いで履く「ネガティブ履き」という履き方もしている。

こんな格好にニーパッドを着けてハーフヘルメットをかぶって(こういったスケボーやBMX用の安全装具もまだ日本では珍しかった)、水を抜いたプールや駐車場、専用のスケートボードパークで、ダウンヒル(ポールを置いた長い坂道を滑る)やハンドスタンド(スケートボードの上で逆立ちしながら滑る)といったトリッキーな技を競っていたのだ。

しかしポパイの創刊号で初めて紹介されたスケートボードは、当初日本ではサーファーファッションブームのひとつとして流行ったと言った方が正しい。80年代に入るとますますファッション化が進み、サーフィンをしないのにサーファーファッションをしている陸(おか)サーファ―のように、スケートボードを小脇に抱えて街を歩く若者たちが続出した。

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