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暑くても飲みたい日本酒「ビキニ娘」 夏酒のルーツ

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NIKKEI STYLE

真っ赤な太陽と青い波を背景に、ビキニを着たモヒカン頭の女性がすっくと立つ。そんな度肝を抜くラベルの日本酒がある。「豊盃(ほうはい)」ブランドで知られる青森・三浦酒造の「ビキニ娘」だ。ラベルの絵の通り、これは夏向けの酒。純米吟醸で味わいはすっきり、暑い夏でも盃(はい)を重ねてしまいそうな酒だ。

この酒は、地酒人気をけん引してきた東京・中野区の老舗酒販店「味ノマチダヤ」のプライベートブランド(PB)商品。今は、多くの酒蔵が手掛けるほど人気の夏酒だが、実はほんの10数年前まで日本酒が飲まれるのはなによりも冬で、夏向けに造られた酒というのは存在しなかったという。その市場を大きく開拓したのは、同店番頭の印丸佐知雄(いんまる・さちお)さんなのだ。

当時は、常温で管理しやすい焼酎が人気で、日本酒は厳しい時代だった。そこで、印丸さんが立ち上げたのが「はりきり企画部」。自分たちがはりきって売らないと、ますます売れなくなってしまうと、彼は日本酒のおいしさを知ってもらうための企画を次々に考え、蔵元に持ちかけた。その一つが、夏酒の企画だった。「焼酎は、ロックや炭酸割りという飲み方が定着していたので、特に夏は、居酒屋など飲食店でどんどん日本酒が追いやられてしまっていた」と言う。

それまで、夏の"風物詩"となる日本酒がなかったわけではない。日本酒は夏頃、冬場に仕込んだ酒の熟成経過をチェックする「初のみ切り」が行われるのだが、そうした酒が販売されることがあった。しかし、「夏に特化した、夏にこそ飲みたい日本酒がほしい」と印丸さんは考えた。

「夏の酒をゼロから造ってください」

気温が高い夏の酒であるからには、スムーズな飲み口でないと飲みづらくなる。「酒質の設計はお任せしますが、キレの良さは念頭においてください」。印丸さんはそう、取引のある酒蔵に頼んだ。夏の料理との相性も考えてほしいともリクエストした。「具体的にどの食材、料理に合うというより、夏の食材をイメージして、それに合うようなお酒を造ってもらえればいいなと思った。通年売るお酒とは違いますから。季節の食材をイメージして造るのは、とても大切だと思うんです」。2006年のことだ。

西洋夏野菜・ズッキーニに合う日本酒はどんな味?

印丸さんがアパレルの仕事から転職して、店で働くようになったのが30代。多くの蔵元が代替わりをした頃で、若い蔵元とは年が近く、深い関係を築きやすかったことも、後の企画に結びついた。夏酒企画の前には、常温保存ができ、一升瓶で税別1800円以下(当時)の懐にやさしい「スーパー晩酌酒」を造ってほしいという企画を手掛け成功させたことも、蔵元のチャレンジ精神に火をつけた。

それまで蔵元は、値段ありきでお酒を造ったことがなかったという。だから、「逆算して造ることで、発想の転換になった。提案側だけでなく、造り手にもいい緊張感、ワクワク感を感じてもらえたのでは」と印丸さんは振り返る。第1回目の夏酒企画に参加した蔵元は約20にもなり、「豊盃」「黒龍(こくりゅう)」「石鎚(いしづち)」「長珍(ちょうちん)」「貴(たか)」など日本酒好きにはたまらない造り手が集まった。

出来上がった夏酒はそれぞれに個性があった。スカっとした酸が駆け抜ける酒、重厚さの中にさわやかな味わいを表現しようとした酒もあれば、夏でもおかんでおいしい酒を提案してくる蔵、ロックで楽しんでと勧める蔵もあった。ズッキーニなどの西洋の夏野菜と合わせてほしいと提案するところもあったという。甘口の酒を代表する新潟の村祐(むらゆう)酒造からは、和三盆のようなキレのいい甘さの夏酒が生まれた。夏の季語である甘酒のように体に染みわたる酒なのだろう。

スタート時から、夏酒は大評判になった。特にヒットとなったのが、冒頭の「ビキニ娘」だ。用意していた300本が、約1カ月で売り切れたという。「もともと、『スーパー晩酌酒』で三浦酒造に『モヒカン娘』というお酒を造っていただいていた。そのラベルに描かれた女性を夏仕様にして『ビキニ娘』ってどうですか?と言ったら、出てきたのがあのラベルのお酒でした」と印丸さん。

ビキニ姿の女性が手にしているのは、なぜかバレーボール。当時、プロビーチバレー選手だった浅尾美和さんが注目を浴びていたからだ。この酒には、「シークレットラベル」が存在し、バレーボールの代わりにスイカや金魚鉢などを持っているバージョンが何種類も存在する。「コンプリートは、大変ですよ」と彼は笑うが、そんな夏の酒らしい遊び心も人気の理由の一つだろう。「『夏の酒というのは、ありそうでなかったよね』と飲食店さんから言っていただき、最初の年から様々な夏酒の飲み比べもやってもらえました」と話す。

家飲み・ソロ飲みが一段と楽しくなるカップ夏酒も続々

「近年はフレッシュな味わいにするために、冬場の仕込みの最後の方、2、3月ぐらいに夏酒を仕込んで、しぼりたてのような感覚で造っている酒造が増えてきた。経験値があがって、それぞれの蔵がイメージする夏酒を造るための工夫をされてきた結果で、どんどんおいしい夏酒が飲めるようになってきています」と印丸さんはほほを緩める。

同店の夏酒は、ラベルは同じでも、毎年中身が変わってもいいよという企画。「中身が変われば、今年はこういう形でチャレンジしていますから飲んでくださいと、売る側が説明すればいいだけ。いい意味の"裏切り"がある。夏酒の楽しさは、そうしたバリエーションが組めることなんです」。毎年、味ノマチダヤでは、6月から残暑の時期までが夏酒のシーズン。コロナ禍で季節限定の夏酒を造らない蔵もあり今年は少し減ったが、それでも30、40蔵ほどが夏酒企画に参加している。

味ノマチダヤには、夏酒のカップ酒もずらりと並ぶ。そもそも同店は、120種類以上の地酒カップを扱う。カップ酒を出したいと飲食店から相談を受けたのをきっかけに、普通酒ではなく特定名称酒を詰め地酒の魅力を伝えるカップ酒を企画。これを大ヒットさせたからだ。夏酒にも早々にカップ酒が登場、今年は同店のPBだけでも13種類が並んだ。

飲み切りサイズなので、まずは色々試してみたいという人にはうってつけだ。ラベルも趣向に富み、目にも楽しい。カップ酒に用いられている酒と一升瓶の酒とは異なるという酒蔵もあり、飲み比べもできる。ラベルのデザインは一緒でも、年により中身を変えている蔵もあるといい、これを楽しみにするファンもいそうだ。

アイデアが尽きない印丸さんは、キャンプ場専用のカップ酒も手掛けていて、現在関東を中心に10数カ所のキャンプ場に企画した酒を置いている。おかんに向く酒と冷やがお勧めという酒の2種類で、「お取引がある蔵元に協力していただき、約300本で中身のお酒を替えています」と言う。次にキャンプ場を訪れたときには中身が変わっていて、「あ、この前と違う」という楽しみがあるというわけだ。

カップに描かれた星の部分は透明で、たき火の前に置けばきらめく仕掛けになっている。ソロキャンプでも、ぐっと気分が盛り上がりそうだ。容器には目盛りが付いていて計量カップになり、「キャンプ場にゴミとして捨てずに持って帰り、再利用してもらえれば」と細部まで気を配る。

新型コロナウイルスの影響から、多くの地域では飲食店で飲む機会がなくなってしまった今夏。逆に今こそ、普段は簡単にすませている家飲み、ソロ飲みを充実。じっくり「これだ!」という日本酒を発見したい。

(ライター メレンダ千春)

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