トーロンマンの消化管の中身を顕微鏡で見たところ(PHOTOGRAPH BY P.S. HENRIKSEN, THE DANISH NATIONAL MUSEUM)

トーロンマンの体に残った内容物からは、幻覚剤や薬草に類するものは見つからなかった。「特別な薬を与えられていたことを示す証拠は見つかっていません」とニールセン氏は言う。

次の研究のターゲットはDNA

ニールセン氏の研究によると、ボグボディー数体の最後の食事には、儀式的な意味合いを示す類似点があるという。複数のボグボディーの体内から雑草の種子と雑草の脱穀のくずが見つかっており、特に多いのはタデの一種だった。

「最後の食事は穀類のかゆだけでなく、トーロンマンの場合には、多種多様な種子や雑草が含まれています」と、英カーディフ大学の名誉教授ミランダ・アルドハウス=グリーン氏は述べている。「この食事には、周囲の環境にあるさまざまな素材が含まれていることが重要だったのです。このこと自体に意味があるかのようにも見えます」

英バーミンガム大学の考古学教授ヘンリー・チャプマン氏は、欧州の泥炭地の変化に、人々の遺体がその中に埋められた理由を解明する鍵があると考えている。

英国のリンドウマンが亡くなる何年も前から、彼が最終的にその中で眠ることになる泥炭地では年々水が増えていた。このことは気候の悪化や、そこで暮らしていた人々にとっては農地が失われることを意味していたのかもしれない。

「環境に何らかの問題がある場合、昔の人は人間をいけにえにするという方法で解決しようとしてきました」とチャプマン氏は言う。

ボグボディー研究では、現在、DNA分析が次の目標に掲げられている。ボグボディーが見つかる泥炭地は酸性のため、遺体から遺伝物質を回収することは現在の技術では不可能だ。だが、研究者はボグボディーからDNAを取り出して分析する技術が近いうちに登場し確立されるだろうと考えている。

そんな研究者たちも、儀式的にいけにえとしてささげられた少数の遺体から得られた証拠だけに基づいて、鉄器時代のヨーロッパの日常とすることについては慎重な姿勢をとり続けている。

「ボグボディーは例外的なものです」とチャプマン氏は言う。「それは彼らにとっての祝福でもあり、呪いでもあるのです」

(文 ELIZABETH DJINIS、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年8月1日付]

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