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3時間を見せきる監督術

当初は、家福が韓国の演劇祭に招かれるストーリーだった本作。しかし、コロナ禍で渡韓できず、昨年3月に撮影が中断。設定を広島に変え、11月に再開した。「力を入れたのは、コロナ禍でも全員が集中して演じられる環境を作ることと、もう1人の主役である車の撮影です。車を撮ることが、そのまま町や自然を撮ることにつながる場所にこだわりました」。

家福の愛車は、スウェーデンの名車・サーブ。原作では黄色だが、風景にマッチするよう赤を選んだ。家福の妻・音役は『ノルウェイの森』の霧島れいか

完成作の尺は179分。その上映時間の長さや分かりやすさなどの面で若干のハードルはあるが、観客の想像力や感情を揺さぶり続け、3時間まったく飽きさせない。

「多少、分かりづらいところはあるだろうなとは思っていました。でも、理解しづらいところも、後で拾い直せるよう作っているつもりです。それに、分からないことが分かる。そしてまた、分からないことが出てくる、という感覚があったほうが観客は集中力を保ちながら見てくれる。ほどよく分かりづらく、謎を作ることは大事なんです。3時間見てもらうには、どこで集中して、どこで休んでもらうのかというサインを出すことも大切。その役割を、音や編集のリズムに担ってもらいました」

商業長編デビューから3年でカンヌ、ベネチア、ベルリンと世界三大映画祭を席巻。ポン・ジュノ、黒沢清ら多くの鬼才が称賛を贈る。特筆すべきは、スクリーンにリアルな世界を創り出す力と、観客の想像を超えて「驚かせる」才能だ。『寝ても覚めても』ではヒロインの言動、本作ではみさきの過去の物語などに驚きがあふれる。

「『驚く』ということは、盲点を突かれること。自分の認識を突き崩されて、『世界はこうなっているのか』と認識を新たにできるので、驚くことはとても大事だと思います。それに僕は、驚いた瞬間に、生きている実感を強く持つことができる。今後も、僕自身が驚くことができて、その驚きがそのまま観客に伝わるようなものを撮っていけたらと思っています」

※後編に続く

1978年生まれ、神奈川県出身。東京藝術大学大学院にて、北野武、黒沢清らに映画を学ぶ。2018年、『寝ても覚めても』がカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出。20年、脚本を手掛けた『スパイの妻<劇場版>』で黒沢清にベネチア映画祭銀獅子賞(監督賞)をもたらした。21年にはオムニバス映画『偶然と想像』でベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員大賞)を受賞した
映画『ドライブ・マイ・カー』
舞台俳優であり演出家の家福(かふく)は、美しい妻・音(おと)と2人で満ち足りた日々を送っていた。しかし、音はある日突然、秘密を残してこの世からいなくなってしまう。2年後、広島の演劇祭で家福は、専属ドライバーとして寡黙な女性・みさきと出会う。さらに以前、亡き妻・音に紹介された若手俳優・高槻がオーディション会場に現れた…。妻を亡くした喪失感と彼女の秘密に苛まれていた家福は、みさきとお互いの過去を明かすなかで、自分が目を背けてきたあることに気付かされていく。 (c)2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会 ビターズ・エンド配給、公開中

(ライター 泊貴洋)

[日経エンタテインメント! 2021年9月号の記事を再構成]