「何としても行かねば」。じっと機会をうかがっていた。「近代日本経済の父」、渋沢栄一の故郷、埼玉県深谷市である。2024年に登場する新1万円札の顔であり、現在放送中のNHKの大河ドラマ「青天を衝(つ)け」には毎回、胸が躍る。7月半ば、ようやく念願がかなった。
深谷市といえば、生産量日本一の「深谷ネギ」と、郷土料理「煮ぼうとう」が有名だ。しかし、猛暑の中、熱々の煮ぼうとうを食べ歩く勇気はない。というわけで、今回の主役は「ふかやカレーやきそば」。近年、急速に存在感を増している、との情報が埼玉の知人から寄せられた。カレーと焼きそばの「混合技」なら夏バテ対策にもなる、と信じたい。
赤レンガ風の駅舎がまぶしいJR高崎線の深谷駅に降り立つと、既に気温は37℃。榛名、赤城、妙義の上毛三山が揺れて見える。水分補給し、まずは「カレーやきそば」の誕生物語を聞くため、深谷商工会議所の経営支援課長、八ツ田広岳さんを訪ねた。
――カレーやきそばは渋沢栄一ブームと関係が?
「いえ。実は2015年ごろ、関越自動車道の花園インターチェンジ近くにアウトレットモールを開業する計画が発表され、どうしようかと……。宿場町として栄えた中山道や中心市街地の活性化、観光地としての魅力向上のため16年、『新ご当地グルメコンテスト』を開き、グランプリを獲得したのが割烹楓(かえで)さんのカレーやきそばでした」
――カレーも焼きそばもライバルが多いですね。
「そこで富士宮焼きそば(静岡県)など他のご当地グルメも研究し、焼きそばであること、カレー味であること、深谷産の野菜を使用すること――の3つをコンセプトにすると決めました。今は市内30店近くが個性を凝らした『ふかやカレーやきそば』を提供しています」
――渋沢ブームは追い風ですか。
「そうですね。大河ドラマが終わっても新1万円札は3年後なので一過性のブームにはならないと期待しています。来年秋にアウトレットモールが開業すれば、カレーやきそばも展開できます。最大の懸念材料は新型コロナウイルス感染症の行方です」

グランプリに輝いた割烹楓へ向かった。渋沢栄一の旧邸や、いとこで学問の師だった尾高惇忠の生家に近い農村部の店だが、店内は近所の常連客でにぎわっている。カウンター席でカレーやきそばセットを注文した後は、岩手県大船渡市出身の大女将、井上絹子さんの話に耳を傾ける。1975年にお好み焼き店として開業した当時の苦労話、親戚である新沼謙治さん(歌手)の人生ドラマ、深谷ネギの甘さと土壌の関係……。これが何とも面白いのだ。
「では、召し上がれ」。いよいよ絹子さんの長男で社長の昌紀さんの「作品」の登場である。絹子さんが店自慢のドレッシングを振って、野菜サラダにドバドバッと注いでくれた。トマト、レタス、ベビーコーンなどの峻烈(しゅんれつ)なうまさが引き立ち、食欲が目覚める。
カレーやきそば本体は、目玉焼きがのり、福神漬けが添えられたあたりは一見、秋田県の「横手焼きそば」風だが、最大の特徴は、ラッキョウ漬けの深谷ネギ版。かむと、ネギとは思えぬ不思議な食感。太めの縮れ麺に3種類のオリジナルブレンドのカレー粉がまぶされ、半熟玉子をほぐすと、カレーの辛みと玉子の甘みが絡まって独特のハーモニーを奏でる。ラッキョウ風の深谷ネギをつまみつつ、キャベツ、モヤシ、ジャガイモ、豚肉が入った焼きそばを食べ進めると、身体の芯からパワーが湧いてくるようだ。