感情を乗せたしゃべりは聴く人を巻き込む

緒方 僕はボイシーという音声プラットフォームを運営しているんですが、1人でしゃべっておもしろい番組にするのって結構難しいんですよ。2人だと、相手が笑ってくれれば「この話はおもしろいんだな」とわかるので話がのってきますが、1人だとそれがないですし。

佐久間さんの番組は、しゃべりながら自分で笑ってて、ものすごくおもしろいですよね。うちの社内にもファンが多いです。

佐久間宣行氏

佐久間 僕はフツーにしゃべってるつもりなんだけど、確かにしゃべりながらゲラゲラ笑ってる。

緒方 しゃべりながら自分の感情を出せる人って、聴く人を巻き込めるんです。それって映像の世界のセオリーとは違いますよね。お笑いだと、ボケをかました本人は真顔のほうが、見ている方はおもしろい。

佐久間さんは、長くテレビの世界にいらっしゃいますが、ラジオに対する思いは強かったんですか?

佐久間 中1の時からラジオを聴いていて、今もずっと聴いてます。テレビより視聴時間が長いかもしれない。

すべてが予想外の人生なんですよ。テレビもラジオも好きだったけど、作り手にまわろうなんて、思ったこともなかった。

緒方 僕も、起業する気なんてなかったし、音声事業をやるつもりもなかったです。実は、ユニークに世の中を変えている人って、「これをやるようになるとは思っていなかった」ということが多いですよね。その方が、いろんな文化を吸収して、誰も想像がつかなかった新しいものを形にできるのかな。

佐久間 そうかもしれないですね。世の中はどう変わるかわからないので、自分がやってきたことが急に評価されることもあれば、評価されなくなるときもある。いい意味でこだわりがない方が、チャンスがつかめるのかも。

テレビで「急に渋谷系がかかりまくる問題」

緒方 あと、今「これをやりたい」と思って何かを目指していても、それが実現する頃にはもう、時代が変化して、目指していたものが古くなるかもしれません。

佐久間 そうなんですよ。テレビの世界でディレクターになれるのって、昔は30代くらいだったんです。でも、30代でディレクターになっても、20代の時に忙しすぎて何も吸収できていないから、「学生時代におもしろいと思っていたもので番組を作ってしまう問題」っていうのが出てくるんです。

例えば僕らは1994年から98年くらいに大学生活を送って、2007年ごろにディレクターになってるので、2007年ごろ急に(90年代に流行した)渋谷系の音楽がテレビでかかりまくるようになるとか。

緒方 ラジオ業界の方と最近の課題について話していると、自虐的に「ラジオ好きしかいないんだよな」っておっしゃるんですよね。ずっと「ラジオをやりたい」と思っていた人が今、ラジオ業界に入ると、昔、はやっていたラジオをやろうとしてしまって、新しい風を入れられないんだと。

その一方で、テレビがYouTubeに、新聞や雑誌がブログやツイッターに押されてるのに、ラジオだけがいまだに「おもしろい!」となっている。なぜでしょうか。

佐久間 やっぱり、ほかのフォーマットがないからじゃないかな。

声が持つ情報量ってすごく多いから、ウソもバレるし、本当の感情が伝わる。ただそれは、ラジオが持つ特性というよりも、「ナマで長尺しゃべる」というフォーマットのせいじゃないかと思います。このフォーマットでしかつかめない「気持ち」があるということなのかな。

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声には“その人”の情報が入っている