「声」が消えて、損をする人たち

他人の声から情報を得るチャンスが奪われたのは、オフィスに限った話ではない。通勤電車やカフェ、ファミリーレストランなど、これまでは様々な声でごった返していた空間も静かになった。

物書きは好んでそういった他人の会話が耳に入る場所を選び、題材を探し求めたと聞くが、物書き職業以外の人にとっても、他人のおしゃべりは有用だった。マーケッターにとっては貴重な情報源だっただろう。ビジネスパーソンにとって消費者の声は飯の種だ。無料でリアルな市場調査にもなっていたはずだ。

あちこちでアナウンスされる「会話はお控えください」のメッセージがいつまで続くのかは、見通せない感じになってきた。もしかすると、マスクをはずせる日がくるのは、ずっと先になるのかもしれない。その場合、他人の声に聞き耳を立てるという形での「非公式なコミュニケーション」が戻ってくるのも先に延びる。その逸失利益は小さくないだろう。

とりわけ、被害を受けやすいのは、「新人」だ。新入社員をはじめ、転職での採用者、人事異動で配属された人なども含まれる。彼らは新しい居場所に慣れていないから、すでにその職場になじんでいる人たちの振る舞いを参考にしたいはずだ。

しかし、お手本は消えた。職場は受け入れに手間取るかもしれない。そして、「新人」は不安や孤独感を募らせそうだ。新たな業務に求められるノウハウの伝授も滞るおそれがある。

すぐにオフィスの環境が変わらないのであれば、何らかの手段を用いて、「失われた声」を補う必要があるかもしれない。社内SNS(交流サイト)やチャットで補えるかどうかは、怪しい気がする。しゃべり言葉特有の巧まざる表現や流れに沿った物言いは、キーボード経由では生まれにくいだろう。当意即妙の受け答えのようなテクニックが衰えてしまうのも食い止めたい。となれば、やはり発声を伴うコミュニケーションが必要になってくる。

すでに一部ではトライアルがはじまっているようだが、オンラインミーティングの機能を使って、会議や業務連絡以外の「雑談」を交わすような取り組みにも意義がありそうだ。取引先とのやりとりを、同僚や後輩が参考にできるような、録画や音声の共有を図る手もあるだろう。

とにかく、働き手がそれぞれの「声」を抱え込んでしまうと、チーム全体の知見が損なわれる。ガラス張りの透明性は必要ないが、従来レベルの「漏れ具合」を保つ工夫が欲しい。

コンプライアンスや守秘、プライバシー管理などが以前よりも厳しくなり、チーム内といえども、情報が漏れにくくなってきた。メリットは多いが、働き手が孤立する心配も強まる。込み入った話になると、スマートフォンを耳に当てたまま、席を離れて、聞き耳を遠ざける人も増えていて、オフィスでの「耳学問」はますます難しくなりつつある。

昔は社内をぶらぶら歩き回って、空気を感じ取っていた経営者がいたと聞く。あちこちで小耳にはさむ様子から、働き手のマインドや業績の実感などをつかめたのだろう。

だが、デジタルトランスフォーメーション(DX)の波や生産性アップの掛け声はそうした「無駄口」が生まれる余地をそぎ落としつつあるようにも映る。にぎやかなオフィスは、居心地のよい職場でもあるように思える。誰か適度なざわめきを取り戻すための知恵を貸してくれないだろうか。

梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。