「見えないコミュニケーション」の逸失利益

情報の宝庫だったから、周囲の電話には、多くの人が耳を「ダンボ」にした。飛び込んで来る情報は、先の例のような「大人の言葉遣い」だけではない。ビジネスの生情報も電話口から漏れていた。

営業担当社員A「その値段はちょっときついですね。前回は100ケースだったから、1個あたり150円でよかったんですけど、今回は50ケースだけでしょ。本来の200円でないと、上司におこられちゃいますよ」

取引先との価格交渉が難航しているようだ。同僚や後輩にとって、こういう生情報はありがたい。

同僚(心の中で)「そうか、やつはその値決めで攻めていたのか。おれの価格提案はちょっと高すぎたな。次の取引先には、もう少し安くして臨んでみよう」

仲間のノウハウを賢く拝借することもできたわけだ。こういうリアルな情報共有は上司が呼び掛けても、なかなか進みにくいところだろう。

経験値が高い先輩のテクニックを盗むうえでも、「耳学問」は役に立った。若手にはどこまで自由に裁量してよいものか、なかなか分かりづらいケースがあるものだ。トラブルや難局を巧みにかわしていく先輩は魔術師のように映ることもある。

営業担当社員A「じゃあ、こうしましょう。今月は50ケースでも150円で出しますから、来月は200ケースの注文をくださいよ。それであれば、ならして数が整うんで。いいですか」

後輩(心の中で)「そうか、目先のバランスにとらわれなくても、2カ月の通算で帳尻が合えばいいのか。それなら、僕の取引先からの要請にも対応できそうだ。先輩の裏技、ありがたくちょうだいします」

先輩が手取り足取りして教え込まなくても、意図せざるコミュニケーションが成り立っていれば、先輩のスキルは自然と受け継がれる。優しい先輩の場合、わざと後輩に聞こえるように手の内を明かしてくれることもあったようだ。

しかし、オフィスから人が消え、デジタルなやりとりが主流になった結果、耳をそば立てるチャンスも失われた。以前であれば、例に挙げたような「非公式なコミュニケーション」は日々、職場のあちこちで重ねられていたはずだ。その積み重ねは膨大な厚みであり、失われた価値も計り知れない。

職場での率直な意見交換がビジネスの成果につながった事例としては、ホンダの「ワイガヤ」が有名だ。肩書や所属に関係なく、新製品や新規プロジェクトに関して、意見を交わすという、技術者集団のホンダらしい社内慣行とされる。

だが、そうした対話の場が社風として用意されなくても、もっと身近なところにいろいろな「声」があった。そして、それらの雑多な声には現場の働き手を支える「力」もあった。

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「声」が消えて、損をする人たち