読み上げソフト、動画配信で人気 AI活用でより自然に
文章を入力するだけで、人間的で自然な音声を作り出す音声合成ソフトウエア「読み上げソフト」をユーチューブなどの動画作りに活用する人が増えている。かつては企業が動画を作るときなどに使われるケースが多かったが、最近は在宅勤務の合間に映像作品を作る人の増加もあり、個人ユーザーが拡大している。
「ユーチューブで人気のドライブレコーダーで撮影した映像で作る動画に、読み上げソフトで音声を当てる人が増えている」と話すのは、読み上げソフトや音楽作成ソフトなどを展開するAHS(東京・台東)の尾形友秀社長。実際「車載実況動画」で検索すると、大量の動画がヒットし、2人の音声で掛け合い解説をしている作品もある。
車載実況と共に読み上げソフトが多く使われるのはゲーム実況だという。「海外ゲーマーの多くは自分で解説するが、日本人は自分の声の使用に抵抗がある人も多い。ゲーム実況はしたいが、自分の声を出したくないユーチューバーに、読み上げソフトが選ばれている」と尾形氏。女声ソフトを使えば、あたかも女性がゲーム実況をしているような動画が作れ、表現の幅が広がる。
読み上げソフトのパッケージには男女のキャラクターを設定する例が多く、こうしたキャラクターもファンを引き付ける。「キャラが好きだからと継続してソフトを購入する人もいる。基本的には文章を読み上げるソフトだが、自分で工夫して、キャラに歌を歌わせる顧客もいる」(尾形氏)。演出の楽しみも得られるわけだ。
購入者層は20代に広がる
ヨドバシカメラ新宿西口本店の岩堀琢磨氏は読み上げソフトについて「20年3月ごろから売り上げが上昇し始めた」と話す。ちょうど新型コロナウイルスの感染拡大で在宅勤務が始まったころで、それと同時期に自分の声を使わずに動画をユーチューブに上げたいと考える人が増えたようだ。「複数ソフトを購入することで、声の掛け合いも簡単にできる。最新ソフトでは感情表現などの機能も上がり、ニーズが非常に高まっている」ことを実感している。
読み上げソフトの購入者も広がっている。「これまでは40代が中心だったが、最近は20代からソフトの使い方の質問を受けることが増えた。動画編集自体が初めてで、どのソフトを買えばいいか聞かれることもある」とユーザーの広がりを証言する。
岩堀氏が指摘した感情表現の向上で注目されているのが、人工知能(AI)活用ソフトの誕生だ。
文章のみからでは、なかなか再現できない微妙なイントネーションをAIが推測し、自然な音声に合成していく。「旧来の音声ソフトは『機械が作ったもの』と一瞬で判断できてしまう品質だったが、AI活用ソフトを使えば、本当に人が話していると聞き違うほどになる」とAHSの尾形氏。
同社がAI利用の「小春六花(こはるりっか)」を3月に発売したほか、複数社が新製品を発表しており、21年は読み上げソフトの「AI元年」の様相を呈している。
こうした状況もあって、尾形氏は「AIは読み上げソフトの可能性を広げる」と期待する。「イントネーションが自然になることで、エンターテインメント作品に活用できるようになる」というのだ。現時点では、叫びや嘆きといった激しい感情の表現は難しいが、「工夫次第で、個人が作る動画やアニメーション作品作りに生かせる」という。
米津玄師、YOASOBIのAyaseなど、ヤマハが開発した音声合成技術「ボーカロイド」で育ったクリエーターが、現在の音楽シーンで目覚ましい活躍を見せている。ボーカロイド活用のソフトウエア音源「初音ミク」は2007年の発売当初から、一部で高い支持を得ていたものの、ユーチューブをはじめとする現在の合成音声の全盛ぶりを予想できた人はほとんどいなかっただろう。それと似た動きが読み上げソフトにもみられる。
予想外の展開も生まれ始めている。AHSが6月に発売したAI活用ソフト「弦巻マキ」は日本語版と英語版を用意したが、海外約60カ国から予約が入った。もともと、アニメやボーカロイド好きの海外客の応援はあったというが、「予約の状況は予想を超えており、今の人気がどう広がるかは正直なところ追い切れていない」(尾形氏)という状態だ。日本生まれのVチューバーは海外でも人気だが、同様の広がりが期待できるかもしれない。
(ライター 中山洋平)
[日経エンタテインメント! 2021年7月号の記事を再構成]
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