孫正義氏の後継者育成プログラム 参加で変わった行動
社会人3年目のトリセツ(3)
こんにちは、法政大学でキャリア論を教えている田中研之輔です。今回は私自身の若手の頃についてお話ししようと思います。
実は私も大学に勤務して3年ほどたった頃、「このままでいいのかな?」と悩んだ時期がありました。目の前の業務はこなしているものの、その先のキャリアが見えなくなっていたのです。
今だから言えるのですが、そのときの私は間違った考え方をしていました。就職するまでは大変だけど、就職したらあとは楽。仕事をしていれば、キャリアはおのずと形成されていく、と考えていたのです。
大きな組織になればなるほど、自分のキャリアは見えなくなるものです。働き始めてからも悩みは続くのです。約3年の大学勤務で学んだのは、「組織内で形成されるキャリア=組織内キャリア」です。組織内に自分のキャリアを預けていると、働きながら幸せを感じる機会が少ないのです。というのも、キャリア形成に対して当事者意識がないからです。キャリアが他人のものなのです。
「このままでいいのかな」「なんか目の前の業務に集中できないな」と感じているのであれば、それは「キャリアプラトー(停滞)」状態にあると言えます。私もそうでしたから、皆さんの感覚がよくわかります。
人生を変えた、ソフトバンクアカデミアへの参加
この「キャリアプラトー」を抜け出すには、意識と行動を変えることが必須になります。しかし、いきなり意識を変えることは難しいものです。かく言う私もできませんでした。だからこそ行動を変えました。
大学の中にいる時間を減らして、大学の外にでるようにしたのです。一つ転機となったのが、2010年に「ソフトバンクアカデミア」の選考を受けたことです。ソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義さんがTwitterで後継者育成プログラムを案内しているのを見て、迷わず、すぐにエントリーしたのです。このプログラムでは孫正義さん自身が校長となり、同社の後継者や人工知能(AI)など次世代のテクノロジー戦略を担う事業家を発掘・育成しています。
今だから言えますが、実は「後継者になりたい!」とはみじんも思っていなくて、「後継者になりたい!」と思って集まる、志の高い人たちとつながりたいという、いわば不純な動機でした。
選考の内容は5分間の自由プレゼンなどです。普段は大学で90分で講義をしている自分にとって、「5分では何も伝えられないんじゃないか……」と不安な中で選考が進みました。そもそも何をプレゼンしたらいいのかもわからない。わからないことだらけでした。
このわからないことだらけが、成長源なのです。複数回の選考を突破して、最終プレゼンは選考に残った他のメンバーと孫正義さんの前でプレゼンをしました。
人生を振り返るなら、間違いなく私の転機となった瞬間です。無事に選考を通過し、ソフトバンクアカデミア生(外部1期生)として学びが始まりました。細かなプログラム内容についてはNDA(秘密情報保持契約)をソフトバンクと結んでいるので言えないのですが、共通課題に対してプレゼンをしたり、他のメンバーとディスカッションを重ねたりしました。
そこで得たことは、大学の外での知見とネットワークです。別世界の経験です。ソフトバンクアカデミア1期生には、ヤフーアカデミア学長の伊藤羊一さん、リンクトイン日本代表の村上臣さん、家庭向けロボット「LOVOT(ラボット)」を開発したGROOVE X(グルーブエックス)社長の林要さんなどが在籍していました。今では社外顧問を27社歴任するようになりましたが、ソフトバンクアカデミアの経験なくして、それはあり得ません。
大学の外に出て、「キャリア資本」が増幅した
キャリア論から考えると、ソフトバンクアカデミアへの挑戦はいかなる経験だったのか?
それは私にとって新たな「キャリア資本」の蓄積機会であったということなのです。これからのキャリアは、組織の中で完結しません。組織を出たり入ったりしながらキャリアが形成されていくのです。その時に大切なのが、組織が与えてくれる組織内の肩書ではなく、自らが蓄積するキャリア資本なのです。
キャリア資本とは、次の3つの資本から構成されます。
(2)社会関係資本……職場、友人、地域などでの持続的なネットワークによる資本
(3)経済資本……金銭、資産、財産、株式、不動産などの経済的な資本
キャリア資本を考えるうえで、2つのポイントがあります。1つは、蓄積したビジネス資本と社会関係資本は減少しないこと。もう1つは、組織内で同じ業務を続けているだけだと、新たな資本は形成されないということです。
私の場合には、ソフトバンクアカデミアに挑戦し、所属するようになり、ビジネス資本と社会関係資本が増幅しました。
今、キャリアに悩んでいるなら、違う環境に身を置いてみましょう。今の会社でこれからのキャリアの可能性を見いだせないとしても、すぐに転職しようと考えるのではなく、まずは会社にいながら他の環境にも足を運んでみるのです。
複数の環境やコミュニティに所属するには、恵まれた時代になりました。どこからでもオンラインで参加できるからです。もし今の勤務先が副業を奨励していないとしても、仕事以外の個人活動までコントロールすることはできません。一つの組織の中だけに、キャリアを閉じ込めるのだけは避けましょう。
20代は「目の前の業務に集中」は本当?
私が大学の外で行動することの他にもう1つ、心がけていることがあります。それは、すでに経験値のたまった仕事を減らしていくということです。
9つの大学で講師をしてきたので、大学で教えるということのキャリア資本は形成されました。自分の中で「やり方がわかる」という状態になったので、契約を更新することはしませんでした。現在、学生に教えているのは法政大学だけです。また、中学や高校でのキャリア講演についても、登壇数を限定するようにしています。
そして生み出された時間を使って、研修プログラム開発の案件を進めています。最近はキャリアナレッジという会社を起業し、企業の社員向けの行動変容診断ツールや「プロティアンキャリアドック」(総合的なキャリア支援プログラム)の開発・運用を十数案件、手がけています。企業からの依頼で、キャリア開発プログラムを総合的にデザインしていくことは様々な知見が不可欠ですので、今でも関連書籍を読み漁ります。もちろん結果を出さないといけないので、考え抜いて形にしていきます。
新しいプロジェクトには、新たな出会いがあるので、社会関係資本も同時に形成されていきます。
「20代は目の前の業務だけに集中すべきだ」と言う人がいますが、私はそうは思いません。30代から外をみようとキャリア設計するのではなく、20代のうちからもさまざまなキャリア資本を蓄積していくように行動した方が、飛躍の幅が違うと私は考えています。
「鉄は熱いうちに打て」とは、キャリア形成においてもあてはまるのです。組織内キャリアとしての働き方が身体化される前に、自ら主体的にキャリアを形成していく自律型キャリアの経験と機会を増やしていくのです。さあ、20代のうちに、あなたはどんなキャリア資本を形成していきますか?
1976年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員。2008年に帰国し、法政大学キャリアデザイン学部教授。大学と企業をつなぐ連携プロジェクトを数多く手がける。企業の取締役、社外顧問を19社歴任。著書に「プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術」(日経BP社)、「ビジトレ―ミドルシニアのキャリア開発」(金子書房)など。Twitterは@KennosukeTanaka(キャリアに関する様々な質問を受け付けています)
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