脳卒中は夏も要注意 簡単「血管ストレッチ」で予防
2021年6月21日、バイエル薬品はオンラインセミナー「夏の脳卒中を防ごう~健康寿命の延伸を目指して 自宅でできる予防ストレッチを学ぶ」を開催した。日本医科大学大学院医学研究科 大学院教授の木村和美さんが脳卒中の基本的な予防方法を、立命館大学スポーツ健康科学部教授の家光素行さんが脳卒中を防ぐ「血管ストレッチ」について解説。最後に脳卒中を経験した女優の河合美智子さんが自身の体験談を語った。その内容をお届けしよう。
脳の血管が詰まる「脳梗塞」、脳の血管が破ける「脳出血」と「くも膜下出血」。脳卒中とは、この3つの病気の総称だ。寒くて血圧が上がりやすい冬とともに、汗をかいて脱水症状になりやすい夏もまた脳卒中を起こしやすい季節とされる。
がんや心臓病と並んで日本人の死因の上位を占めるだけでなく、一命を取り留めても半身マヒや失語症など重い後遺症が残ることが多い。2019年 国民生活基礎調査によると、要介護の中でも最も重い5(寝たきり)になる原因の第1位が脳卒中(24.7%:下グラフ)。認知症の原因としても、アルツハイマー病に続いて第2位となっている。
脳卒中は寝たきり状態になる大きな原因
「しかし、脳卒中は予防できる病気です。高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙などがあると脳卒中を起こしやすい。脳卒中にならないためには、これらの危険因子を1つずつ減らしていくことが大切です」と日本医科大学大学院医学研究科 大学院教授の木村和美さんは話す。
動脈硬化を進める危険因子とは?
脳卒中の背景には動脈硬化がある。動脈硬化が進んで狭くなった血管に血栓(血の固まり)が詰まることが多い。この動脈硬化を進めるのがタバコ、そして高血圧や糖尿病といった生活習慣病だ。生活習慣病は文字通り「良くない生活習慣」から起こる。すなわち、糖分や脂肪の多すぎる食生活、塩分のとりすぎ、お酒の飲みすぎ、運動不足などだ。
「このような悪い生活習慣によって、高血圧、糖尿病、脂質異常症、さらに心房細動も起こると言われています。脳卒中を防ぐには、まず禁煙。そして太っているならダイエット。体重を減らすため食事の量を減らし、運動の習慣を持ちましょう」(木村さん)
実は木村さん自身、61歳のときには太っていて、複数の生活習慣病も抱えていたという。身長168cmに対して体重76kg、腹囲は93cmもあった。高血圧、糖尿病、さらにLDLコレステロール(いわゆる「悪玉コレステロール」)も高めで、典型的なメタボリックシンドロームだった。脳卒中の危険因子をいくつも持っていたことになる。そこで一念発起してダイエットを始め、半年で10kgの減量に成功。すると血圧、血糖値、コレステロール値がすべて正常値になったそうだ。
このようにメタボの人は原因となっている内臓脂肪を減らすことで、血圧や血糖値が正常化することが多い。しかし血圧やコレステロール値は体質もあり、ダイエットすれば必ず改善するとは限らない。その場合は、薬を飲むことで改善できるという。
不整脈には要注意
最近、脳卒中の原因として注目が高まっているのが「心房細動」という不整脈だ。心房細動とは、心臓の心房という部分がけいれんすること。心房内の血液の流れがよどみ血栓ができやすくなり、脳梗塞のリスクが高くなる。心房細動は重症の脳梗塞を起こしやすい。つまり死亡率や大きな後遺症が残る可能性が高いわけだ。
心房がけいれんするため脈が不規則になり、動悸(どうき)や胸の苦しさなどを感じることも多いが、「約半数は自覚症状がない」と木村さん。なかなか気づきにくいので、50歳を過ぎたら自分で脈をチェックする(検脈)習慣を持つことが大切になるという(下カコミ参照)。
脈が不規則なら心房細動かもしれない。その場合は医師に相談し、心電図検査を受けよう。心房細動と診断されたら、血液を固まりにくくする薬を飲むことで脳梗塞のリスクを低くできる。
「運動、食事、禁煙、そして検脈。最後に薬。日本脳卒中協会では川柳形式の『脳卒中予防十か条』というものを作っています。脳卒中は予防できる。自分の健康は自分で管理することを心がけ、脳卒中を防ぎましょう」(木村さん)
脳卒中を防ぐ5つの「血管ストレッチ」
木村さんに続いて、立命館大学スポーツ健康科学部教授の家光素行さんが登場した。
脳卒中の原因となる動脈硬化を防ぐには運動が大切だ。しかし、梅雨どきや暑い季節はどうしても外出するのがおっくうになる。そこで自宅やオフィスでも気軽にできて、脳卒中を予防する効果の高い5種類の「血管ストレッチ」を紹介するというのだ。
動脈硬化を防ぐうえで、ストレッチの効果は決してバカにできない。20~83歳の526人を対象にした家光さんの研究から、40歳以上では「体が硬い人は動脈硬化も進んでいる」ことが分かった[注1]。動脈硬化の度合いを見るPWV(脈波伝播速度)検査から、ストレッチによって動脈硬化が改善し、血管が柔らかくなることも確認されている[注2]。
[注1]Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2009;297(4):H1314-8.
[注2]Am J Phys Med Rehabil. 2016;95(10):764-70.
なお、ここで紹介する血管ストレッチはすべてイスを使って行う。背もたれがあり、キャスターのついていない安定したイスが望ましい。5種類をそれぞれ左右20~30秒ずつ、1日2回行おう。(ストレッチ写真提供=立命館大学・家光教授)
1. イスに座り、両手を肩幅くらいに開く。タオルを持つとベター。
2. 両腕をゆっくり上に持ち上げながら、上半身を反らして背もたれに寄りかかる。
3. 20~30秒間キープする。
1. イスに浅く座り、横を向いて伸ばしたい脚をイスの外に出す。
2. 外に出た脚を後ろに伸ばし、脚の付け根を伸ばすことを意識する。
3. イスに近い手を背もたれに、反対側の手を前に出ている脚に載せる。
4. 背筋をまっすぐ伸ばしたまま20~30秒間キープする。
5. 反対側の脚も行う。
1. イスに浅く座り、片脚を前に伸ばし、かかとを床に着けて爪先を浮かせる。
2. 伸ばした脚のひざに両手を置いて下に押す。このとき顔を下げないように注意。
3. 20~30秒間キープする。
4. 反対側の脚も行う。
1. イスの後ろに立つ。
2. 背もたれを両手で持ち、伸ばしたい脚を一歩下げる。
3. かかとを床に着けたまま、ゆっくり体重を前にかけて、ふくらはぎを伸ばす。
4. 20~30秒間キープする。
5. 反対側の脚も行う。
1. イスに座って、片足をひざの上に乗せる。
2. 指先を両手で持って、そのまま上半身を反らして背もたれに体重をかけていく。
3. 20~30秒間キープする。
4. 反対側の足も行う。
前向きにリハビリに取り組み、社会復帰を果たす
最後に女優の河合美智子さんと夫の峯村純一さんが登場し、木村さんを交えてトークセッション「体験談からわかる脳卒中」が行われた。
河合さんが脳出血を起こしたのは2016年8月13日のこと。まだ50歳にもなっていなかった。映画のリハーサル見学中、立ち上がろうとしたら右脚が動かない。やがて右腕も動かなくなり、周囲の人が救急車を呼んだ。最初は軽く考えていた河合さんだが、救急車に乗せられたときには、ろれつも回らなくなっていたという。
リハビリは「早ければ早いほどいい」と言われ、入院4日目に理学療法士がやって来た。言葉は1週間程度で回復したが、最初は右半身がまったく動かない。木村さんによると「そのため、半分くらいの人はうつになってしまう」という。
ところが、河合さんはあくまでもポジティブだった。「昔とは違うんだ」「ゼロに戻っただけ」と開き直ると、やればやるだけ結果が出るリハビリは「楽しかった」と振り返る。今も少しマヒが残っているというが、明るく話す様子からはまったく気づかない。
「元気だった頃の自分や他人と比べても落ち込むだけでしょう。不自由になった自分を楽しみ、今まで経験できなかったことを経験できると思えば、リハビリも苦にならない。リハビリも楽しくやったほうが効果があると思うんですよ」(河合さん)
現在は医療も進み、脳卒中を起こしても河合さんのように社会復帰を果たす人も増えている。発症した場合はすぐに医療機関に行き、積極的にリハビリに励むことで回復度も変わってくるのだろう。
とはいえ、やはり脳卒中は怖い病気。ならないに越したことはない。運動、食事、禁煙、検脈、そして薬――。できることをしっかり行い、できるだけ避けたいものだ。
(文 伊藤和弘、グラフ制作 増田真一)
[日経Gooday2020年7月19日付記事を再構成]
日本医科大学大学院医学研究科 神経内科学分野 大学院教授。1986年、熊本大学医学部卒業。国立循環器病センター(現・国立循環器病研究センター)内科脳血管部門、豪メルボルン大学神経内科、川崎医科大学教授などを経て、2014年から現職。専門は脳神経内科、特に脳卒中の診断と急性期の治療。日本神経学会理事、日本脳卒中学会理事。
立命館大学スポーツ健康科学部 教授。1996年、川崎医療福祉大学医療技術学部卒業。2003年、筑波大学大学院医学研究科博士課程修了。筑波大学大学院人間総合科学研究科助手、国立健康・栄養研究所身体活動研究部客員研究員などを経て、2010年に立命館大学准教授に就任。2014年から現職。
女優。多くの映画・ドラマに出演。NHK連続テレビ小説『ふたりっ子』(1996~97年)で演じた「オーロラ輝子」として、97年の『NHK紅白歌合戦』にも出場した。2016年に脳出血を発症し、救急搬送。2017年に退院し、女優に復帰。「脳卒中サバイバー」として講演も行う。
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