中高は成城学園で学んだ。

「成城学園で高2のとき、哲学に出合って、自分の生きる目的を徹底して考えた」と振り返る

中学受験をする子が多い地域だったので、自分も当然するものだと思い、4、5年生から塾に行きましたが、勉強にはあまり身が入りませんでした。スポーツが得意だったので、サッカーや野球のほうが楽しかった。ただ、3歳上の姉が優秀だったこともあり「このままではまずいな」と途中からアクセルを踏みました。

成城学園は、自由闊達で個性を尊重する校風に引かれました。他にも数校、見学に行きましたが、成城は厳しい校則もなく、先生と生徒が対等な雰囲気があって、一番自分に合っていると感じました。のびのびとした成城のカルチャーの中で育った卒業生が、我が子も同じ環境で育てたいと選ぶケースも多いようで、親同士仲が良く、ファミリー的な絆の強さがありました。

中1の夏には千葉県の富浦で遠泳にチャレンジする「海の学校」、中2の夏には槍ヶ岳など3000メートル級の山々に挑む「山の学校」があります。山の学校でどの山に登るかは、それまでの鍛錬や各自の体力によって振り分けられます。槍ヶ岳は、時に命の危険にさらされる過酷な山ですから、挑戦を許されるのはごく一部の生徒だけ。幸いそのグループに選ばれ、仲間と手を取り合って登頂できたのはいい思い出です。まさにあそこでOne for All, All for one (一人はみんなのために、みんなは一人のために)の精神を学んだ気がします。

それと、ビジネスを起こすことになってひしひしと感じるのは、既存の枠にとらわれることなく物事をゼロベースで考える力の重要性です。その力をつけるには自分の頭でとことん考える経験が必要です。成城学園は自由で誰からも指示されない分、何ごとも自分で考えなくてはなりません。責任も自分で取らなくてはいけない。そういう基本的な姿勢が醸成されたのは、中高時代なのかなと思います。

成城学園は大学までありますが、僕自身は大学では外に出ようと決めていました。ですから勉強はそれなりに頑張っていたのですが、高2のある日、僕の人生にとって非常に大きな出合いがありました。その日は国語のテストがあって、問題文に哲学者の鷲田清一氏が書いた文章が使われていました。その内容があまりにも面白かったので、テストが終わった瞬間に図書館に駆け込んだのです。そこから哲学の世界にどっぷりとはまり、古今東西の哲学書を貪り読む生活が始まりました。

人とは何か、人は何のために生きるのかを考え続け、自分なりの答えを見つけた。

鷲田先生の「モードの迷宮」から入り、ニーチェやカント、アリストテレスなども読んでいきました。哲学を入り口に社会学や自然物理学も好きになって、量子力学や超ひも理論、多元宇宙論、ついには宗教学にまで手を伸ばし、気づくとまた哲学に戻ってくるという無限ループにはまりました。

とにかく、人はなぜ生きるかとか、人とは何かを知りたかったのです。当時、僕は「人は幸せのために生きるのだ」と考えたのですが、幸せの主語は自分です。じゃあ自分とは一体なんなのかを探っていった結果、デカルトの「我思うゆえに我あり」に行き着きました。でもデカルトの説明にはどうも納得がいかなかった。大乗仏教の「色即是空空即是色」にも通じますが、自分とは空、何者でもない空であると。確かに生物学的・物理学的にも人間は原子の塊にすぎないわけで、それはおそらく正しいのでしょうが、僕は納得するところまでいきませんでした。