AI起業家が「One for All」学んだ成城学園中2の夏休み会田武史・レブコム社長(上)

会田武史・レブコム社長
会田武史・レブコム社長

コロナ禍をきっかけに、営業活動も対面ではなくリモートで行う機会が増えた。2017年創業のレブコム(東京・渋谷)は、これまで商談の同席者以外知り得なかった営業トークを人工知能(AI)で解析し、より効率的にするサービスで注目されている。社長の会田武史氏(32)は成城学園中・高(東京・世田谷)の出身。中央大学、三菱商事を経て起業した。母校では何を学び、どんな体験をしたのか。

文具メーカー、ミドリ(現デザインフィル、東京・渋谷)の創業家に生まれた。小学校4年生のとき、自身も経営者になると心に決めた。

1950年に祖父は、便箋やノートなどを製造販売する文具メーカーを創業しました。「自由にやりたいことをやれ」という教育方針のもとで育てられた父は、当時としては珍しく米国の大学に留学。経営学修士(MBA)や米国会計士(CPA)資格まで取得して現地の会計監査・コンサルティング会社で働いていました。その父が祖父の会社を引き継いだのは、僕が4歳の頃です。父も子育てに関しては「いじめや嘘はいけない」という以外、○○しなさいというのは一切なく、自由を尊重してくれました。

小学校は、東京・世田谷の公立校に行きました。夏休みをまるまる米国で過ごしたり、時折父の会社で開かれるパーティーに連れて行ってもらったりしていたので、幼いながら「普通とは少し違う経験をさせてもらっているな」と感じていました。ただ常々、そうしたことを当たり前と思わずに感謝するようにと言われて育ちました。父に、会社のクリスマスパーティーから帰宅する車の中で、「武史、とにかく感謝をしなさい。あそこに参加していた社員の方々の努力によって、ノートや文房具が武史の友だちや世の中の人に届けられている。お父さんの会社は『伝えるを支える』という使命を持っていて、その対価で今の武史の生活があるんだよ」と言われたことは、今でもよく覚えています。

そういう環境だったので、ビジネスとはどういうものなのか肌感覚でわかっていたように思います。4年生のとき、七夕の願い事を書く短冊に「将来は経営者になる」と書きました。頭に浮かべていたのは、3代目になるのではなく起業です。父も祖父もリスペクトしていましたが、小4といえば反骨心が芽生える頃。「この人たちのスネをかじって生きるのはいやだ。同じビジネスという分野でこの人たちを超えていきたい」と思ったのです。

小学生ながら「グローバルなビジネスをしたい」という夢もありました。海外のサマースクールに参加した際に「日本から来た」というと、「チョンマゲ」「サムライ」というステレオタイプな日本のイメージでしか見てもらえないのが悔しかったのです。ビジネスを通じて日本を世界に発信していくのだと意気込んでいました。

経営者になることだけではなく、実は妻も小学校のときに決めていました。5年生で同じクラスになって、「僕は将来この人と結婚する」と心に決めたのです。妻の実家は僕の実家から5分の距離。いまはそこでマスオさんとして暮らしています。仕事と妻という人生の軸を小学生のときにすでに決めていたというのは、我ながら早熟だったと思いますが、今思えばここが僕の原点ですね。

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