2021/8/8

テキサス州ヒューストン、尊厳ある食事

パンデミックにより、テキサス州で飲食店の営業が休止に追い込まれると、ヒューストンにある人気レストランのオーナーシェフ、クリス・ウィリアムズ氏は、店で客をもてなす代わりに地域住民に料理を提供することにした。ヒューストンは新型コロナウイルスの感染者と死者が州内で最も多い都市だった。

彼の店「ルシールズ」は、さまざまな国の味を取り入れた南部料理の名店だ。当初、ウィリアムズ氏は店の従業員とともに、最前線で働く人々、主に支援から取りこぼされがちな夜間勤務者に食事を提供した。その数は、パンデミックの発生から最初の20日間で3000食にのぼった。

その後、ウィリアムズ氏はほかにも支援が届いていない人々がいることに気づいた。黒人の多い貧困地域の介護施設に暮らす高齢者だ。

「施設の高齢者は、ほかの人々とは違う影響を受けました。家族と切り離され、面会できなくなってしまったのです」とウィリアムズ氏は言う。そして、施設の食事は必ずしも思いやりや気配りが十分ではないと感じたため、自分で作ることにした。目標は、「高齢者がうれしくなるような、おいしくて栄養のある食事、つまり尊厳のある食事」を提供することだと話す。

ウィリアムズ氏の取り組みは、「ルシールズ1913」というNPOに発展した。「ルシールズ」という店名は、ウィリアムズ氏が敬愛する曽祖母、ルシール・B・スミスさんの名前からもらったものだ。スミスさんは1913年にフォートワースでケータリング会社を立ち上げた起業家で、その顧客にはマーティン・ルーサー・キング・ジュニアや、ボクシングのチャンピオンのジョー・ルイスなどが名を連ねていた。彼女は利益の一部をテキサス州の黒人の生活向上のために使った。

現在、ルシールズ1913は、最大で800人の高齢者に加え、NPOの調理場に隣接する学校の150人の生徒、28人の教師と事務職員に、日々の食事を提供している。だがその使命は、食事の提供をはるかに超えて広がっている。

ウィリアムズ氏自身は子どもの頃から食べ物に不自由したことはないが、友人のなかには極めて貧しい食生活を送っていた子もいたという。地域には小切手換金店やファストフード店は多くても、新鮮な青果をそろえているような店はほとんどないそうだ。

そこで彼は食の問題に根本から取り組むことにした。ルシールズ1913では、食事作りのほかに、食料も生産するのだ。そのために、ヒューストン地域のハリス郡とフォートベンド郡で30ヘクタールの土地を管理し、新鮮な作物を育て、調理技術の向上を通じて雇用の機会を生み出そうと取り組んでいる。

またその地域にマーケットを2軒開き、農産物や地元で作られた商品を販売する計画もある。近隣から雇用される人々は、地域社会に食料を提供する仕事を手伝いながら、農家や起業家としてのスキルを学べる。

ミシガン州デトロイト:市の東側にある「デトロイト・コミュニティー・フリッジ(みんなの冷蔵庫)」は、2020年8月にウェイン州立大学の2人の学生が始めたプロジェクトだ。生鮮食品や冷凍食品のほか、おむつや生理用品、衣服などの生活必需品を地域住民に無料で提供している(PHOTOGRAPH BY SYLVIA JARRUS)

(文 カサンドラ・スプラトリング、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2021年8月号の記事を再構成]

[参考]ここでダイジェストで紹介た記事「コロナ禍の米国 空腹と闘う」は、ナショナル ジオグラフィック日本版2021年8月号の特集の一つです。8月号では、古代ローマ時代の剣闘士たちの日常に考古学で迫る「グラディエーター 熱狂の舞台裏」、中南米に生息する体が半透明なグラスフロッグ、気温の上昇で生態系が崩れつつあるアフリカ南部のカラハリ砂漠の今などを取り上げています。Twitter/Instagram @natgeomagjp

ナショナル ジオグラフィック日本版 2021年8月号[雑誌]

著者 : ナショナル ジオグラフィック
出版 : 日経ナショナルジオグラフィック社
価格 : 1,210 円(税込み)