24歳から転身 渡米3年、飛び級でUCLA卒業

そこから「米国大学」「脳」「精神」といった観点で調べると、UCLAという大学に行きついた。興味が湧き、米カリフォルニア州の大学に留学中の小学校時代の友人を訪ね、渡米した。まずは単純にキャンパスの広大さと美しさにテンションが上がった。

そして、勝手に大学の講義に潜り込むと、日本の大学では見られない光景に感動を覚えた。多くの学生は講師の机に録音機を置き、講義中も目を輝かせて活発な質疑応答を展開しているようにみえた。「いろいろな人種の人が真剣に脳を学びに世界から来ている。こんな世界の一部になりたい。強烈な衝撃を受けた」という。

神経科学の分野では世界でもトップクラスの教育研究機関。ここが新天地だと思ったが、UCLAの入学基準では高校時代の成績はほぼ「オールA」が不可欠と聞かされた。「そもそも自分は高校中退組。しかし、ここはやり直しのチャンスを与えてくれる国だった」。米国には比較的入学しやすい公立の2年制大学「コミュニティーカレッジ」があり、ここでかなり優秀な成績を取得すれば、UCLAなど名門大学の3年に編入学できる。

日系コンサル会社に就職するも半年ちょっとでやめた

2009年に24歳で渡米し、ロサンゼルスのコミュニティーカレッジに入学。1日につき最低15時間勉強した。同時にボランティアなど課外活動もこなした。飛び級で規定の成績を取得し、UCLAやカリフォルニア大学バークレー校など5~6校に出願。日本で全滅したが、米国では出願校全校に合格した。父親に電話で連絡すると、涙ぐんでいるように喜んでくれたのが今でも忘れられない。

UCLAの神経科学部に編入後、1年半の飛び級で12年に卒業した。「当時は奨学金制度も充実していなかった。UCLAは学費が高いので必死で単位を取得した。ただ、脳科学が楽しくて仕方なかったので、全く苦ではなかった」と振り返る。渡米してわずか3年ちょっと、米名門大の卒業資格を手に入れた。

次は脳神経の内科や外科などの医師を目指し、医学博士号を取得するコース「MD―PhDコース」に進もうと考えた。しかし、8年はかかる。資金確保のため、日本に戻ることにした。就職活動をすると、複数のコンサルティング会社から是非入社してほしいと言われた。

日系コンサルに入社 若者と対話、神経科学を教育に

ある日系コンサル会社に入社すると、社員やインターン学生はいずれも東京大学や京都大学など一流大学の出身だった。ただ、自分の将来に悩む若手が少なくなかった。そこで週末の朝7時くらいから4~5時間、大学生や高校生と対話する会を始めた。「いきなり結論を求めないで、俯瞰(ふかん)的に自分を捉え、考える。自分の気になること、好奇心、興味や関心に寄り添わせてもらった」という。その学生たちとの対話と彼らの成長、歩む道に刺激され、「神経科学を人の成長に生かせないか」と思い立つようになった。

最初は国内の研究機関を回った。しかし、「そんな研究はやっていない」とどこも門前払い。「やはり米国かな」と調べると、米国では教育と神経科学を組み合わせた研究が始まっていた。コンサル会社を半年ちょっとで退職し、ためたお金で、米国の研究者たちに会いに行く旅に出た。その道の先駆者から刺激を受け、神経科学と教育の可能性を感じつつも、橋渡しの難しさを感じた。

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