今年の夏は「酷暑」という予報もちらほら耳にする。暑い時期はラーメンを避けがちな人も多いが、あえて熱々のガッツリ系ラーメンを食べてほしい、と私は言いたい。汗を流してまでも、というといささか背徳の喜びといった感もあるが、ぜひその感覚を共有し、皆さまに大いにスタミナを付けてもらいたい。
そこで今回は2021年を代表する東京都内の味噌ラーメンの実力派2店を厳選して紹介しよう。『三ん寅』(新宿区)と、このコラムでは2度目の登場となる『あさひ町内会』(板橋区)。いずれも、食べ手の胃袋をわしづかみにする至高の1杯が味わえる。
19年秋、東京メトロ有楽町線の江戸川橋駅から徒歩約2分の路地裏(新宿区山吹町)で産声を上げたのが『三ん寅』。同店を切り盛りする店主、菅原章之氏は札幌市生まれ。店主が20歳のときに口にした地元の名店『すみれ』の味に衝撃を受け、同店に弟子入り。以降、『すみれ』の本店、同京都店(閉店)、新横浜ラーメン博物館店(正確には『すみれ』の生みの親に当たる『らーめんの駅』)で店長を歴任し、満を持して『三ん寅』を開業したラーメン作りの名手だ。
ご存じの方もおられるだろうが、店主の修業先である『すみれ』は、札幌市豊平区に本店を構える、北海道(どころか日本)を代表する実力店のひとつ。しょう油ラーメンや塩ラーメンもあるが、特に味噌ラーメンの名店として知られる。
味噌のみに頼らず、ニンニク、ショウガの香りや豚ひき肉のうま味など個々の素材の持ち味を極限まで引き出し、絡め、後を引く味わいが特長。スープに風味豊かなラード油を添え、食べ終わりまでスープの温度を下げないようにする手法は、味噌ラーメンという食べ物のレベルの底上げに貢献し、ラーメン史にその名が刻まれるべき1軒だ。これに、コシとハリのある中太縮れ麺を合わせた1杯は、ラーメン好きならずとも一度は食べてみてもらいたい。

『三ん寅』の味噌ラーメンは、この『すみれ』の1杯に更なる手を加えている。具体的には、20年以上前の『すみれ』の味をベースに、修業によって得た店主の経験を加味した1杯といえるだろう。
卓上に供された瞬間から宙を舞う、味覚中枢を歓喜で震わせる芳香。この香りの質の良さたるや尋常ではなく、この時点で、この1杯の非凡さを悟らない食べ手はいないはず。
スープは、国産豚のゲンコツ等を15時間かけて弱火でじっくりと炊き上げ、途中段階で昆布・煮干し・サバ節・干し椎茸・香味野菜を加えている。上質な甘みと柔らかなうま味を兼ね備えた白味噌が相まって、レンゲを持つ手が止まらない味わいを創出する。
修業先が、赤味噌と白味噌をブレンドした味噌を使用するのに対し、三ん寅は白味噌だけというのも特筆に値する。「味噌は、『すみれ』が札幌の酒造場に特注して作ってもらっている白味噌に加え、同じ酒造場で、私が別途選んだ白味噌をブレンドしています」(菅原店主)
1種類でなく2種類の白味噌を掛け合わせることで、口内で味噌の風味が多段階に変化。うま味が強く、他の素材の味を打ち消してしまいがちな赤味噌の代わりに白味噌を採用したことで、スープの素材感が一層際立つ。チャーシュー上のおろしショウガがスープに溶け出すにつれて、像を結び始める清涼感も、食味のメリハリ付与にひと役買っている。