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北見市の本社をハッカ文化の発信地と位置づけている

北見市の本社をハッカ文化の発信地と位置づけている

スーッと鼻に抜けるさわやかなハッカの香りは、真夏の蒸し暑さをやわらげてくれる。近ごろはマスクの内側にシュッと一吹きする人が増えてきた。新型コロナウイルス禍を受けて、一気にファンを増やしたのは、ハッカ関連商品を幅広く手がける北見ハッカ通商(北海道北見市)だ。今ではミントグリーンの細身ボトルを見かける機会が増えた同社のハッカオイルだが、ロングセラーへ至る道のりは長かった。

最初に整理しておくと、ハッカは植物由来の成分だ。シソ科ハッカ属の多年草であるハッカ草が原料になる。「そもそも天然原料だという点がまだよく知られていない」と、北見ハッカ通商の永田裕一社長は残念がる。英語では「ミント」と総称するが、同じ洋種でも、ペパーミントとスペアミントは別々の植物。和種のニホンハッカ(通称・和ハッカ)とも異なる。漢字では「薄荷」と書く。英語名のミントや成分名のメントール(メンソール)に比べ、ハッカの認知度が見劣りする点は「まだまだ理解を広めていく余地がある」(永田氏)。

ハッカはそのまま食べるハーブとしてもおなじみだが、大半は葉っぱそのままではなく、精製した成分を使う。主要成分のメントール特有の清涼感を生かした用途は、湿布薬やトニックシャンプー、メンソールたばこなど幅広い。ただ、ほとんどは化学的につくられた「合成ハッカ」で、北見ハッカ通商の天然素材100%物は一線を画す。爽快な香りを生かした、アイスクリームのチョコミントやカクテルのモヒート、ハーブティーのミントティーなども知られている。「日本では花粉症をきっかけにハッカの効用を知る人が多い」という。

かつて日本は世界最大のハッカ生産国だった。1930年代には世界市場の約7割を占めたという。主な産地は北海道北見地方。当時は薄荷栽培でもうけた人たちが北見のあちこちに「ハッカ御殿」を建てた。外国製の塗り薬「メンソレータム」の原料にも日本産が使われていたという。しかし、第2次世界大戦で産地が細ったのに加え、1960年代に外国産ハッカが勢いを得て、北見地方での生産は衰えた。石油から作る合成ハッカの台頭も追い打ちをかけ、北見のハッカ産業は衰退に追い込まれていく。

北海道北見市のハッカ畑

北海道北見市のハッカ畑

世界最大級のハッカ精製工場だったホクレン北見工場が1983年に閉鎖されたことは、地元にとって決定的なダメージを与えた。ハッカ農家は次々に転作し、原料調達も難しくなった。「このままではハッカの灯が消えてしまう」と感じた、永田社長の父、永田武彦氏が翌84年、北見ハッカ通商の前身を設立。北見のハッカ文化を守るため、実家から独立して、家業のハッカ飴作りとは別の精製ビジネスに乗り出した。「もともと家業の永田製飴がハッカを原料に使っていた。自分が幼い頃からハッカは身近な存在だった」と、永田氏は創業当初を振り返る。

しかし、地場のハッカ栽培は既に途絶えかけていたので、原料を輸入して、ハッカ油を精製する形で事業を立ち上げざるを得なかった。現在はインド産が主な原料だが、北見産を徐々に増やしていて、和ハッカの復興にも取り組んでいる。「北見からハッカ文化を発信していきたい」と意気込む永田社長は2019年、精製工程を見学してもらえる新社屋「KITAMINT FACTORY」をオープンした。

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