日本のビジネス界では今、あらゆるところでイノベーション(革新)の必要性が叫ばれています。イノベーションとは今までの延長線上にない全く新しいことです。全く新しいのですから、実績なんかあるはずがありません。リスクゼロもあり得ません。にもかかわらず、日本中のさまざまな現場で実績のなさやリスクを理由に、イノベーティブなアイデアが葬り去られているとしたら、誰もチャレンジしなくなるのではないか。そんな危惧さえ抱いてしまいます。

「VUCA」の時代をどう生きるか

イノベーションと並んで「VUCA(ブーカ)」というキーワードも最近、あちこちで耳にしますね。Volatility(変動性、不安定さ)、Uncertainty(不確実性、不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性、不明確さ)の頭文字を取ってVUCA。まさにリーマン・ショック、東日本大震災、新型コロナウイルス禍……。誰も予想しなかったことが次々に起きるVUCAの時代を我々は生きています。そして今、メディアを筆頭にさまざまな立場の人が「VUCAの時代だから我々の生き方、考え方、働き方を変えなくてはならない」と口をそろえます。

しかし、果たして日本人で心底そう思っている人はどのくらいいるのでしょう。本音では大半の人が「変わりたくなんかない。昨日と同じ日が今日も明日も続いてほしい」と願っているのではないでしょうか。生物には本来、変化を拒み、一定の状態を維持しようとする「ホメオスタシス(恒常性)」の機能が備わっていますから、VUCAは人間にとっても大きなストレスであることは確かです。とりわけ世界でもまれに見る安定した国家で豊かさを享受してきた日本人は、おそらく世界一変わりたくないと思っています。多くの人が「VUCAは嫌だ。現状維持が一番だ」と考えている日本で今、一番求められているのがイノベーションだというのは何とも皮肉です。

グラミン銀創始者との出会いが前進のための原動力という

ネガティブな話から始めてしまいましたが、この状況を嘆いているだけでは何事も進みません。これから皆さんと、どうすれば日本の未来を明るくできるのか、特にサステナビリティーが当たり前の社会をどう実現するかを考えていければと思います。今回は困難にめげず、前に進むための原動力について話しましょう。「なぜ、あなたは心が折れないのか」とよく聞かれるのですが、私の場合、「同じ人間でこんな偉大なことをできる人がいるのか」と思える人に出会ったことが原動力になっています。伝記の中の人ではなく、同時代を生きている生身の人間であることが重要で、私にとってはグラミン銀行の創始者でソーシャルビジネスの生みの親でもあるムハマド・ユヌス氏がそうです。

ユヌス氏は1983年にグラミン銀を設立したのですが、そのスタートは世界最貧国のバングラデシュで42人に日本円で2700円のお金を貸すところからでした。どこの銀行も見向きもしない最も貧しい層に、無担保・低利で人々の平均年収に等しいお金を貸す。誰もが無謀だと思いましたが、ユヌス氏が植えたマイクロファイナンスの芽はその後、見事に育ち、これまでに900万もの人を貧困から救い出しています。私は大学1年生でグラミン銀のインターンとして働かせてもらって以来、ユヌス氏の存在を常に心の支えにしてきました。

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