ガーナ・イタリア・ベトナム海鮮系辛味 夏の食欲点火
ここ数年、辛味がブームだ。料理ジャンルを問わず、外食に限らず、弁当、総菜、冷凍食品、調味料と、食のあらゆる場面で辛味が存在感を増している。激辛、シビレを味わう「マー活」も話題。加えて辛味のバリエーションも広がりを見せている。注目したいのは、海鮮系のうま味をベースにした世界各地の伝統辛味調味料だ。日本でも自家製で再現する店が登場し、新しい味に触れるチャンスが出てきた。海鮮系の辛味調味料は、激辛度を競うのではなく、エビやシラスのうま味に、その土地らしいスパイスやハーブを効かせ、「辛味」「香り」「うま味」のトリプルで食欲に火をつける。まずは現地スタイルの味で提供している店から紹介していこう。
ガーナの国民的調味料が遠い異国の味を身近に
東京の渋谷駅から奥まったあたりのエリア「オクシブ」の入り口、渋谷区宇田川町で2010年からアフリカ・アラブの味を提供している「ロス・バルバドス」では、乾燥エビを使ったガーナの辛味調味料「シト」を使った料理が味わえる。店の自家製で、21年6月からは自宅用に小瓶での販売もスタートした。
ガーナと聞いてチョコレートを想起できても、どんな料理があるのか思いもつかないだろう。店でよく登場するガーナ料理の一つが「エグシのスープ」。エグシはウリ科の植物の種をひいたもので、アマランサスの葉とパプリカ、タマネギ、ニンニクと煮ている。ビーガン仕立てにしているが、非ビーガンの人にはシトを添える。ピリ辛のうま味が加わり、ぐっと味わい深くなる。
ロス・バルバドスでは、初めて目にする珍しい料理がほとんどだが、どれもアフリカ、中東の国々の人々が日常に食べている味。その国に行ったことがない人にもどこか懐かしさを感じさせ、シトもそんなホッとする味に一役買っている。
アフリカには「ハリッサ」や「ピリピリ」と呼ばれるトウガラシベースの辛味調味料が各地にあるが、海産物が入るガーナの例は珍しいという。「大久保にあるアフリカ系の食材店に行くと、大きな瓶に入った輸入品のシトがありますね」(店主夫人の上川真弓さん)。ガーナの味を作る上で欠かせない構成要素の一つなのだ。ハリッサやピリピリほど激辛ではないので、現地では器にたっぷり盛って、焼いた魚や野菜、煮込みの横にドンと添えることも多い。
シトには乾燥エビが必須だが、ほかの魚を組み合わせることもよくあるという。「この『エグシのスープ』に添えたシトはエビとちりめんじゃこで作りました。レシピによってはツナを合わせる人もいるみたいですよ」(店主の上川大助さん)
作り方は、くし切りのタマネギとトマトペーストを炒めたところに、粗びきのトウガラシとエビちりめん、ペーストにしたニンニク、ショウガ、エシャロット、タマネギを加えて30分ほど煮る。仕上げにクローブとアニスのパウダー、ココナツオイルを加えて完成する。
ロス・バルバドスの自家製シトはクローブが香り、辛さは後からじんわり。うま味とコクが凝縮していて、野菜スティックに添えても合いそうだ。
「先日、イベントでシトを販売したところ、その日のうちに即リピートしたお客さんがいました。野菜炒めに使ってみたら、これはいいと思ってくださったようで、慌てて買い足しにいらっしゃいました」(真弓さん)。以前、黒目豆を炊き込んだガーナの郷土食、ワチェライスにシトを入れておむすびにしたときも、好評だったという。
遠く離れた異国の調味料なのに、不思議と焼きそば、チャーハン、おにぎりの具と合わせてみたい日常の味が浮かんでくる。実際、なんでもないソース焼きそばに使ってみたら、総菜味から一変、レストランの味に変身した。イベントで即リピートしたお客さんの気持ちがよくわかった。巣ごもりの時期、常備しておけば、外食気分を味わえる調味料としても活躍してくれそうだ。
生シラスとトウガラシのイタリアの辛味はワインのアテに
イタリア半島のつま先にあたるカラブリア州は、トウガラシを使った料理や保存食の宝庫。生のシラスで作る「サルデッラ」もトウガラシをたっぷり使った伝統的な保存食の一つで、これを味わえるのが、東急東横線、自由が丘駅からほど近い「アンティカ トラットリア チーボ」だ。シェフの三浦琢央(たくお)さんは、この味に魅せられて15年前から作り続けている。
店ではイタリア各地の郷土料理を前菜やパスタで提供し、メイン料理には炭火焼きを据えている。隣のシチリアやナポリのようにメジャーではないカラブリア州の味が前菜とパスタにそれぞれあるのも、シェフのサルデッラ愛の表れだ。中でも人気なのが、パンにサルデッラをのせたワインのつまみ。常連客はまずこれを頼み、ワインを飲みながら、ゆっくりとメニューを選ぶ。
サルデッラの作り方は、生のシラスに塩、トウガラシの順に加えて混ぜ、ベルガモットのリキュールとベルガモットの風味を付けたオリーブオイル、ふつうのオリーブオイルも使って味をととのえる。材料を混ぜるだけだが、そのあと2週間は温度の低すぎない野菜室に置き、消毒したスプーンで1日1回混ぜて発酵を促す。
使用するトウガラシは辛味の強い柿の種ほどの小さなもの。これだけでは激辛になってしまうので、三浦さんは韓国産と合わせてバランスをとっている。サルデッラを特徴づけるベルガモットは、紅茶のアールグレイの香りづけに使われるかんきつとして知られるが、これもカラブリアの特産だ。
非加熱食品なので、温度と衛生管理は重要で、ぬか床ほどではないが面倒見のよさが求められる。「作り方を同業者に教えても、なかなかうまくいかないという報告を受けますね。塩をたくさん加えれば腐敗は防げますが、そうするとしょっぱすぎて使いづらい。いまはシラスの重量に対して5パーセントの塩で作っています」(三浦さん)
海鮮系の保存食と聞くと特有のにおいを想像するかもしれないが、その日に捕れた鮮度抜群の生シラスで作るので、嫌な魚臭さはまったく感じない。魚が入っているとわからない人もいるそうだ。辛さは後からゆっくりやってくるので、トウガラシとベルガモットの香りを楽しむ余裕があるのもうれしい。優雅な大人の味だ。
「小田原でその日に水揚げされた生シラスを使って年に2、3回仕込んでいます。3カ月熟成させてから使い始めるので、辛さだけでなく深みがあって飽きないですね。クセになると言ったほうがいいかな」(三浦さん)
現地でも希少なサルデッラをアンティカ トラットリア チーボで味わえるのは、奇跡と言ったら言い過ぎだろうか。
ベトナムの辛味はたっぷり入ったレモングラスが売り
最後に、日本の一部のスーパーや輸入食材店で買えるベトナムの「サテ・トム」を紹介する。乾燥エビと一緒にトウガラシとレモングラス、ショウガやニンニクをじっくり炒めたもので、現地ではフォーの味変や、炒め物などの調理全般に使われている。かつては家庭で自家製するのが一般的だったが、現在は便利な市販品がスーパーに並ぶ。
日本では輸入商社のアイ・ジー・エム(東京・港)が15年に、「レモングラスの爽やかな香りとエビの濃厚なうま味が効いたベトナムの食べるラー油」という触れ込みで発売。ベトナム料理好きの女性に支持され、エリアによっては品切れになる店舗も出ている。てっきりベトナムのメーカーが作ったものかと思ったら、同社がオリジナルレシピで現地製造しているものだった。
「イベントでフォーを提供したとき、サンプル的にサテ・トムを添えたところ、反応するお客様が多かったことから、取り扱いを始めることにしました。サテ・トムは家庭ごとにレシピがあるように、これと決まったスペックはないので、特徴は押さえつつ、ベトナムの人にもおいしいと思ってもらえるような本場の味を再現しています」(アイ・ジー・エム)
エビのうま味もさることながら、日本では入手が難しいレモングラスがたっぷり入っているのがうれしい。辛味は強めなので使う量には注意が必要だが、同社のホームページには、冷ややっこやサラダ、鶏肉に塗って焼くなど、身近な調理例が数多く紹介されている。カレーに加えたり、夏はそうめんの薬味にしたりしても合いそうだ。
「一部の方々にはすでに評価をいただいておりますが、辛い物好きの男性には、まだあまり知られていない印象です」とアイ・ジー・エムの担当者は語る。
3種とも日本では知る人ぞ知るニッチな調味料だが、魚は日本人が得意とする食材。認知が広がれば、日本全国でご当地の「海鮮系」辛味調味料が登場する日も、そう遠くない気がする。
(ライター 伊東由美子)
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