災害時に活躍する救助犬の秘密 ゲーム要素もカギ
土石流が発生した静岡県熱海市から、災害救助犬の活躍が報じられた。2021年6月24日に12階建てのコンドミニアムが崩壊した米国フロリダ州マイアミ郊外の現場でも、生存者を捜索するために災害救助犬が投入されていた。
災害救助犬は人の呼吸の痕跡を嗅ぎ取っており、人を発見したときはほえて救助隊に知らせる、と警察犬や軍用犬の訓練を行うシニード・インバロ氏は米ニュースチャンネルの「NewsNation」に説明する。
このような任務のために犬を訓練するのは難しく、長い時間とコストがかかる。犬とハンドラー(救助犬と行動する指導者)が「任務に就く準備が整う」までに通常1年半~2年を要するというが、最終的にはそれだけの価値がある。人々の命を救えるからだ。
犬にとって捜索活動はゲーム
災害救助犬になる犬種は幅広く、さまざまな行動を取るよう訓練されている。特定の場所で、人の呼気や体臭などのにおいを捜し出す犬もいる。においを追跡する犬は、行方不明者が通った跡をたどることができる。ボートに乗り込み、水中の遺体を発見する犬もいる。
犬たちは捜索活動を相応の報酬が得られるゲームのように捉えるよう訓練されている。しかも、やりがいのあるゲームだ。「人の捜索の訓練では、たった1本の歯を手掛かりにすることもあります」と、トレーナー兼ハンドラーのベブ・ピーボディー氏は話す。
犬を捜索に熱中させ続ける鍵は「正の強化」だとピーボディー氏は断言する。氏はボランティアのみで運営されている米国最大の災害救助犬組織「米カリフォルニア州災害救助犬協会(CARDA)」の創設メンバーだ。
「捜索が不成功に終わった場合、問題を改善するための訓練を行いますが、それはたいてい10分ほどで終わります。その後、褒めたたえることで、彼らは再び元気になります」
この手法は現場でも採用されている。捜索活動に丸1日を費やし、成果がなかった場合、ハンドラーは誰かを「隠す」ことがある。数分以内にその人を追跡させて見つけられるようにすることで、犬は一日を成功で終わり、成功報酬を得られるというわけだ。
米国では災害救助犬の多くはハンドラーの飼い犬であり、ほかの犬と同様、感情や性格を表に出す。「発見後、私たちは発見された人の心身の状態を確認しますが、犬は綱引きをして遊んでもらったり、お気に入りのおもちゃをもらったりしています」とピーボディー氏は話す。
災害救助犬はよく飼い主と救助された人の両方から褒められる。「救助された人は犬に対する感謝の気持ちでいっぱいになります」とピーボディー氏は説明する。「そして、犬は良い仕事をしたことをわかっています。犬にとってはゲームであり、私たちにとっては真剣勝負です」
災害救助犬に絆を感じる遺族
生存者ではなく遺体を発見した場合、捜索の成功への対応は精神的な難しさを伴う。「ボートの事故が起き、誰かが溺死した場合でも、犬にとってはやはりゲームです」とピーボディー氏は話す。「もちろん私たちは喜べませんが、それでも彼らは報酬と称賛をもらい、『いい子だね』と言われます」
遺体の収容に立ち会った家族はたいてい、災害救助犬に絆を感じるとピーボディー氏は言い添えている。「ほぼ例外なく、彼らは『あなたの犬をなで、お礼を言いたい。私の愛する人を見つけてくれた良い犬だと伝えたい』と言います。皆、泣いています。それでも、いくらかの区切りにはなります。何もわからないままの状態は決して良いことではありませんから」
幸い、多くの捜索はハッピーエンドで終わる。「犬による災害救助が本格的に始まったのは、1985年にメキシコシティで地震が起きたときでした」とピーボディー氏は振り返る。
「私は現地に5日間いましたが、犬たちはがれきの中から8人の生存者を発見しました。倒壊した立体駐車場のそばで犬たちがほえ、フォルクスワーゲンのビートルに乗った祖父と孫を救助しました」。メキシコの人々は犬たちにおやつを惜しみなく与え、感謝の気持ちを表現した。「もしすべて食べさせていたら、犬たちは10キロ以上太っていたでしょうね」
メキシコの大地震をきっかけに、米国でも災害や事故の被害者を捜索する犬の救助隊の需要が急増した。
セラピー犬の役割も
シャーリー・ハモンド氏とドーベルマンのサニーは米連邦緊急事態管理庁の任務を請け負っていた。連邦当局が災害地域を指定すると、ハモンド氏とサニーのようなチームが支援を依頼されることがある。01年9月11日にニューヨークのワールド・トレードセンター(WTC)がテロ攻撃を受けたときもそうだった。
「実際に消防士の遺体を発見しましたが、犬にとっては劇的な発見でした」とハモンド氏は振り返る。「厳密に言うと、サニーは『生存者』専門の災害救助犬ですが、周囲に生存者がいなかったため、彼は一歩踏み込み、遺体の捜索を始めました」
災害救助犬は捜索の成功後、正の強化と報酬を得られるように訓練されているため、災害の現場で活動する際は、感情のバランスをとることが課題になるとハモンド氏は話す。「犬が落ち込んでいるとハンドラーが言えば、リードを通じて、犬はその意味を受け取ります」
しかし、WTCが崩壊した過酷な状況で、多くの作業員の心を支えたのは、サニーをはじめとする災害救助犬だった。
「サニーは体重40キロを超えるオスのドーベルマンです」とハモンド氏は言う。「がれきの上にいる彼を見た人は当初、彼を避けるように歩いていました。しかし、その後、サニーは象徴的な存在になり、災害救助犬としてだけでなくセラピー犬としても重要な役割を果たしました。人々が代わる代わるやって来て、『この子がサニーでしょう。なでてもいい?』と言いました。そして、黙ってサニーをなで、サニーは身を乗り出しました。彼らはただ暖かくてフワフワしたものを必要としており、災害救助犬たちがそのニーズに応えたのです」
(文 BRIAN HANDWERK、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年7月8日付]
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