新種はもうたくさん

今回の頭骨の特徴を分析して人類の系譜のどこに当てはまるかを調べようとした研究者たちは混乱した。この標本はヒト属のどの種とも十分に一致せず、多様性のあるホモ・ハイデルベルゲンシスにさえ分類できなかったのだ。

科学者の中には、ネシェル・ラムラの頭骨は新種のものだと主張したくなる人もいるかもしれないが、この考え方は有益だとは思えないとハーシュコビッツ氏は言う。

「こうした孤立した標本を取り上げて新種と名付けるのは不正確で、不適切と言ってもよいでしょう。ユニークな特徴の組み合わせが見られるのはたしかですが、これらは中期更新世の人類に共通して見られるものだと思います。種ではなく、いくつかのタイプの存在を示唆するものだと考えています」

中期更新世の気候は不安定で、厳しい寒さの時期と温暖な時期が交互に訪れ、欧州の人口は縮小と拡大を繰り返していた。過酷な環境で縮小して孤立した人類の集団は、身体や文化に独自の特徴をもつようになった。その後、気候条件が良くなると、それぞれの集団は拡大し、ほかの集団と出会い、混ざり合い、文化や遺伝子を交換するようになった。中期更新世の人類に見られるモザイク状の特徴はこのようにして生じたとハーシュコビッツ氏らは主張している。

科学者たちは、ネシェル・ラムラの頭骨の持ち主が属していた集団は、この物語において重要な役割を果たしていたのではないかと考えている。当時の中東の環境は北方の地域よりも安定していたため、人口が多く、氷原が後退するたびに北方に戻って住み着いていた可能性がある。

テルアビブ大学の医学人類学者で、今回の化石骨に関する論文の著者の一人でもあるレイチェル・サリグ氏は、「ネシェル・ラムラのヒト属は、のちに欧州に出現することになる多くの集団の源流になったと考えられます」と語る。ネシェル・ラムラの人類がネアンデルタール人に似た歯をもっているのは、こうしたことを示しているのかもしれない。

ドイツのマックス・プランク人類史科学研究所の古人類学者マイケル・ペトラグリア氏は、今回の発見について「人類の進化を1本の線として単純に描くことはもはやできず、多くの拡大、縮小、絶滅があった」という新しい見方を裏付けていることに同意する。

米ニューヨーク大学の古人類学者であるシャラ・ベイリー氏は、ネシェル・ラムラの化石が「古い特徴とネアンデルタール人の特徴の組み合わせ」になっていることに同意しつつも、「たった1つの化石が集団の姿を示しているかどうかを判断するのは困難です」と付け加える。なお、同氏は今回の研究には関わっていない。

いずれにしても、「中期更新世の人類の進化については、ほとんどの研究者が、数十年前とは大きく異なる、より混沌としたイメージを受け入れはじめているのではないでしょうか」とベイリー氏は言う。

(文 TIM VERNIMMEN、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年6月30日付]

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