ポイント2:『美女と野獣』への回答

もう1つの大きなモチーフとなっているのが、『美女と野獣』だ。

<U>で暴れ回り嫌われている竜が気になるベル。上は竜の城をベルが訪れ、向かい合うシーン (C) 2021 スタジオ地図

「ジャン・コクトーの『美女と野獣』も好きですが、30年前のアニメーション映画『美女と野獣』がすごく好きで。アニメの仕事がつらくて辞めようと思ったときに見て、『こんな素晴らしい作品ができるのなら頑張って続けよう』と思えた。

『美女と野獣』では野獣が好きなんです。最初は暴力的な野獣が、ベルという愛らしい存在によって次第に変化し、素敵に見えてくる。唯一気に入らないのは、最後に呪いが解けて王子になること。野獣のままベルと結婚すればいいのにやっぱりイケメンかって(笑)。でも現代なら、野獣のままでも受け入れられるのではないか。

一方ベルも、美女であることに価値がある描かれ方でしたが、現代の美女とはどういう存在か。大好きな映画でありながら、割り切れない思いに対する自分なりの答えを表現したい。それが『美女と野獣』を現代で作る意義だと思ったのです」

ポイント3:社会の変化=野獣が竜へ

しかし『美女と野獣』とインターネットは世界が異なる。1本の作品で両方を描く発想はどこから出てきたのだろうか。

「『美女と野獣』のモチーフをインターネットの世界でやる、というアイデアは、野獣の持つ二面性と、インターネット上と現実の人格の二重性が、構造的に似ていると思ったから。野獣が元の姿に戻るのも『ネット上で匿名が暴かれる様子』と似ている。さらに、18世紀フランスの『美女と野獣』の社会的問題と、今のインターネットの環境や人々の苦境が近いのではないかとピンときたからです。

野獣の造形を竜にアレンジしたのは、18世紀の野獣が象徴するのは暴力だから。封建社会の男性は暴力で女性を支配する構造があって、それがどう変わるかを描いたのが『美女と野獣』。でも現代の野獣の問題は、深い心の闇や一種の孤独が根源にあるのではないか。それで、暴力性ではない違う存在が必要でした。闇や孤独の象徴としての竜、しかもその竜は傷だらけ。その傷がなぜできたのかを巡る物語にしようと考えたのです。

だってこれだけ世の中が豊かになって人権意識も変化してきているのに、おそらく人の幸福度はそんなに変わっていないんですよ。齋藤優一郎プロデューサーとも話したのですが、今の子どもたちの幸福度は昔と変わらないし、つらかったり傷つく人が歴然といる。18世紀の封建社会とそんなに変わっていないとしたら、現代社会ってどうなんだと。社会もエンタテインメント映画もそれに向き合わなければ、と思いました。だって描かなければ、そうした問題がないことと同じになってしまうから。

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