大腸で吸収されないのに、なぜ大腸がんのリスクに?
ところで、こちらも過去の連載で取り上げたが、飲酒により大腸がんのリスクが上がるのは「確実」だと見られている(参考「大腸がんのリスク、酒が確実に高める では許容量は?」)。また、先ほど長期にわたる過剰なアルコール摂取が原因で、消化機能が低下してしまうという話も聞いた。
酒好きとしては、自分の腸に対するアルコールの影響が心配だ。大平さんに、腸内環境の専門家として、長期的な飲酒と腸の関係について聞いた。
「ちょっと極端な例になりますが、私と共同研究をしている東北大学の中山亨教授のグループは、アルコール依存症の方の便を調べてみました[注1]。すると、アルコール依存症の方の腸内環境では、ルミノコッカスやビフィズス菌といった偏性嫌気性菌(酸素に触れると死ぬ菌で、人の腸に存在する菌の99%以上に当たる)が、健康な方に比べて明らかに少ないことが分かりました。つまり、長期にわたり過剰な飲酒が続くことで、腸内細菌のバランスが大きく変わってしまったわけです」(大平さん)
[注1]Scientific Reports. 2016;6:27923.
腸内細菌のバランスと言えば、メタボリックシンドロームや生活習慣病、そして認知症にも関係してくるのではないかと最近の研究で分かってきたそうだ。依存症とまではいかなくても、長期にわたって飲み過ぎている場合、腸内細菌に悪影響がある可能性も少なくないだろう。
そして大平さんは、次のような興味深い指摘もしてくれた。
「ご存じかもしれませんが、アルコールは胃と小腸で吸収され、大腸まではほとんど到達しません。それなのに、アルコールが大腸がんのリスクを上げるというのは、不思議ではありませんか?」(大平さん)
そういえばそうだ。過去の取材でも、胃と小腸でアルコールは吸収されてしまうと聞いた(参考「悪酔い対策 ベジファーストより『オイルファースト』」)。
「実験データを見ると、アルコールは体内で代謝されるまで、血液を介して全身を巡っていることが分かります。つまり、毛細血管というルートを通じて大腸にもアルコールが到達しているのです。飲酒により大腸がんリスクが高くなるのは、こうしたことも原因になっているのではないかと考えられます」(大平さん)
なるほど。それならば、乳がんなどのリスクが上がることも説明できる。
「アルコールは最終的に、肝臓や筋肉などで代謝されますが、その過程で『酸化ストレス』が生まれます。われわれのグループが行ったマウスにおける実験結果を見ると、アルコールの量が増えるほど、しかもそれが長期になるほど、この酸化ストレスが腸に悪影響を与えていることが分かります[注2]。酸化ストレスによって偏性嫌気性菌がやられることも想像できるので、過剰なアルコールの長期にわたる摂取によって、酸化ストレスが継続的にかかることで、腸内細菌のバランスが崩れるという説が成り立つのです」(大平さん)
[注2]PLoS ONE. 2021;16(2): e0246580.
腸を整える食べ方・飲み方
ちょっと飲み過ぎて下痢になるならまだしも、腸内細菌のバランスが崩れ、大腸がんなどの病気のリスクが上がるとなると、軽視してはいられない。なるべく飲み過ぎないようにすることは当然として、腸をいたわるにはどのような食生活を送ればいいのだろうか。
「一言で言えば、伝統的な日本食がお勧めです。玄米、野菜、キノコ類、適度な果物をバランスよくとり、肉より魚を選ぶこと。お酒のおつまみであれば、わかめの酢の物や豆腐、枝豆などもいいですよね。脂肪分の多い食事は避けましょう。腸には味噌やキムチ、ぬか漬けなどの発酵食品がいいと言われていますが、塩分のとり過ぎには注意しましょう。正直、『とにかくこれを食べれば大丈夫』というものはありません。要はバランスです」(大平さん)
どうやら酒が進む揚げ物や塩辛は、腸には優しくないようだ。
和食など栄養バランスのいい食事に加え、「適度な運動も自律神経を刺激し、腸を活性化するのに効果的」と大平さん。ウォーキングや軽い筋トレなども、習慣的に取り入れたい。
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酒が進むと、つい「もう1軒行ってみよー!」と盛り上がってしまいがちだが、そこはグッと抑え、「ふんわり酔って気持ちいい」くらいでとどめておく。腸のためにも、ドーパミンではなく、セロトニン優位の飲み方を心がけたいものだ。
(文 葉石かおり=エッセイスト・酒ジャーナリスト、グラフ制作 増田真一)
[日経Gooday2021年7月6日付記事を再構成]
