実績が認められて昇進し、初めて部下を持つ。誰にとっても、それはうれしい瞬間であることは間違いない。
ところが、当初は中間管理職としての職務を張り切って果たそうとするも、次第にメンタル不調をきたし、休職に追い込まれるというケースは少なくない。そう指摘するのは、精神科医・産業医の奥田弘美さん。奥田さんは現在、約20社で産業医を担当。これまでに2万人以上のメンタルヘルスをサポートしてきた。
多くの中高年ビジネスパーソンが直面するメンタル危機を乗り越えるための処方箋を、具体例を交えて詳細に説明した書籍『「会社がしんどい」をなくす本』の著者が、「初めて部下を持った新米中間管理職」が陥りがちな落とし穴と、それを回避する方法について解説する。
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こんにちは、精神科医・産業医の奥田弘美です。
30代になり中堅社員になると、社会人としての意識や振る舞いもしっかり身に付き、経験やキャリアも重ねてきて、社内で一人前のプレーヤーとして活躍できるようになっていきます。体力・気力も十分あり、疲れ知らずにバリバリと動ける時期です。
この頃から、個人の能力に応じて中間管理職としてマネジャーの業務も任されるようになります。
昇進は喜ばしいことですし、まして初めて部下を持ったのならなおのこと張り切るでしょう。ところが、昇進のような「喜ばしい変化」であっても、人間は大きなストレスを受けます。当初は気が張っていてそのストレスに気づかないかもしれませんが、時間がたつにつれてその影響を実感するようになるでしょう。
しかも「初めて部下を持つ」という、多くの人が経験する職業上のイベントには特有の“落とし穴”があります。私が会った、IT系企業でシステムエンジニアをしていたTさんも、それに陥った1人でした[注]。
真面目で人当たりも良く、顧客の評判も上々で、着実に社内での評価を上げてきたTさんは、ある年の春から数人のグループのマネジャーに昇進し、初めて部下を持ち、あるプロジェクトの責任者となりました。
Tさんは昇進を素直に喜び、当初は非常に張り切っていたそうです。
ところが半年ほどたった頃からTさんの様子がおかしくなってきました。それまで勤怠には全く問題がなかったのに、体調不良を理由に遅刻が目立つようになり、温厚で笑顔の多かった表情も一変し、いつも暗い顔をして誰とも話さなくなってしまいました。
そして、上司が心配して人事部に報告し、私が産業医としてTさんと面談することになったのです。
[注]エピソードでは、個人や団体が特定されないように情報を適宜加工しています