まるで火星 微生物すらいない過酷な環境、なぜ南極に
生命体がまったくいないと見られる土壌が南極大陸で見つかった。地球の表面では初めての報告だ。採取場所は、南極点から約480キロの内陸部にある、吹きさらしの2つの険しい山の尾根だ。
「微生物はたくましく、どこでも生存できると考えられてきました」と、土壌を調査した米コロラド大学ボルダー校の微生物生態学者ノア・フィアラー氏は話す。単細胞生物は、セ氏93度を超える熱水噴出孔でも、南極の厚さ800メートルもの氷の下にある湖でも、さらには高度3万7000メートルの地球の成層圏でも生きているのが見つかっている。
だが、南極から採取した土壌のなかには、フィアラー氏と氏が指導する博士課程の学生ニコラス・ドラゴネ氏が1年を費やしても、生命がいる証拠が見つからないものがあった。
2人は、南極の様々な環境にある11の山から土壌を採取、調査した。標高が低く、寒さが比較的穏やかな山で採取したサンプルからは、バクテリアや菌類が確認された。しかし、最も標高が高く、乾燥し、寒さが厳しい2つの山の土壌からは、生命がいる証拠を見つけることができなかった。
「無菌状態とは言い切れないのです」とフィアラー氏は言う。生きた細胞がごくわずかな数しかなければ、検出できない可能性はある。「しかし、私たちが確認した限りでは、この土壌には微生物がまったく生息していません」
生命の証拠を探して
論文は2021年5月29日付で学術誌「JGR Biogeosciences」に発表された。一部の土壌には本当に生命がいないのかもしれない。あるいは今後、生きた細胞がわずかに確認されるかもしれない。
いずれにしても、この新たな発見は、火星での生命探査に役立つだろう。今回採取された南極の土壌は、永久凍土であり、有毒な塩が含まれ、200万年もの間、目に見える量の液体の水に触れたことがない。こうした特徴が、火星の土壌と似ているからだ。
今回の研究に用いた土壌サンプルは、全米科学財団(NSF)の資金援助を受けて18年1月に実施された、南極横断山脈の調査で採取された。南極横断山脈は、南極大陸の中央部を貫き、東南極と西南極を分ける山脈だ。
研究者たちは、南極横断山脈に位置するシャクルトン氷河を拠点に、ヘリコプターを使って様々な高度でサンプルを採取した。
氷河のふもと、海抜100メートル足らずにある比較的暖かく湿った山では、ごま粒よりも小さな生物が土壌中に見つかった。ワームやクマムシ、ワムシ、それにトビムシというはねのない昆虫などだ。これらの土には植物が生育しておらず、細菌の個数は、よく手入れされた芝生の土に比べて1000分の1以下しかない。それでも土の下の小さな動物が食べていくことはできる。
だが、氷河をさらに高く登るにつれ、生命は乏しくなった。氷河の最高地点に達したチームは、海抜2100メートルを超える2つの山、シュローダー・ヒルとロバーツ・マシフを調査した。
プロジェクトのリーダーで米ブリガムヤング大学の生物学者バイロン・アダムス氏は、シュローダー・ヒルの過酷さが忘れられない。真夏だというのに、気温はマイナス17度付近だった。砂を掘るために持参した園芸用シャベルは、すさまじい強風に何度も吹き飛ばされそうになった。この強風が雪と氷を徐々に蒸発させ、山々をむき出しにしているのだ。地面には、風に長年さらされた赤褐色の火山岩が散らばっていた。
岩石をひっくり返すと、その裏側は、過塩素酸塩、塩素酸塩、硝酸塩などの有毒な結晶で覆われていた。過塩素酸塩と塩素酸塩は腐食性で反応性のある塩で、ロケットの燃料や工業用漂白剤に使用される。また、火星の表面にも豊富に含まれている。乾燥した南極の山々では、こうした成分が洗い流されることなく蓄積しているのだ。
「まるで、火星でサンプル採取をしているようでした」とアダムス氏は振り返る。シャベルを土に差しこんだ時、「数百万年間手つかずだった土を、自分が初めて掘り起こすのだ」と感じたという。
様々な実験をしても見つからない
研究者たちは、これらの最も標高が高く過酷な場所でも、土壌には数種類の微生物がひっそりと生息していると想定していた。だが、ドラゴネ氏が18年末に、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を用いて土壌中の微生物のDNAを検出しようとした時、その想定は崩れ始めた。
ドラゴネ氏は、氷河のあちこちの山から集めた204点のサンプルを対象に試験を行った。比較的標高が低く、寒さが厳しくない山で採取したサンプルからは、多くのDNAが検出された。だが、シュローダー・ヒルやロバーツ・マシフのサンプルの大半をはじめ、標高が高い地点で採取したサンプルの2割からは、まったく検出されなかった。これらのサンプルに含まれる微生物がほぼゼロに近いか、完全にゼロであることが示唆された。
「彼が最初に結果の一部を見せてくれた時、私は『何かの間違いじゃないか』と感じました」とフィアラー氏は話す。サンプルか測定機器に問題があるに違いないと考えたという。
生命の証拠を探すために、ドラゴネ氏は複数の追加実験を行った。土にグルコースを含ませ、生きた生物によって二酸化炭素に変換されないかを調べた。地球上の生命がエネルギー源として使うATP(アデノシン3リン酸)の検出も試みた。何カ月にもわたって様々な栄養素を与え、微生物にコロニーを形成させようとした。
それでも、一部の土壌からは何も検出されなかった。「それは本当に驚きでした」とフィアラー氏は言う。
本当に生命体はいないのか
カナダ、ゲルフ大学の環境微生物学者ジャクリーン・ゴーディアル氏は、この調査結果に「興味をそそられる」と評し、なかでも生命が見つからない条件を究明しようとするドラゴネ氏の取り組みに注目している。
ドラゴネ氏は、高い標高と高濃度の塩素酸塩が、生命体が検出されない可能性が高くなる2大因子であることを突き止めた。「とても興味深い発見です」とゴーディアル氏は話す。「地球上の生命の限界について多くを語ってくれます」
だがゴーディアル氏は、こうした土壌に生命体がまったくいないという説に完全に納得しているわけではない。ひとつには、ゴーディアル氏自身にも南極の別の場所で調査した経験があるからだ。
氏は数年前、南極横断山脈の同様の環境で土壌調査を行った。それは、シャクルトン氷河の北西約800キロの地点にあるユニバーシティ・バレーで、おそらく12万年間、湿度が低いまま保たれ、氷点以上の気温になったことがない場所だ。この場所の土壌サンプルをマイナス5度で20カ月間保温しても、生命の兆候は見られなかった。だが、サンプルを氷点から数度高い温度まで温めてみると、一部のサンプルで細菌の成長が確認されたのだ。
こうした土壌に生命体がいないと判断するかどうかは、その定義によって異なる。
例えば、氷河の氷に数千年間閉じこめられたまま生きのびた細菌が発見されたことがある。氷に閉じこめられている間、これらの細胞は、その代謝の速さを100万分の1にまで下げている可能性がある。ユニバーシティ・バレーで見つかったのはこのような「スローな生存者」だったとゴーディアル氏は推測しており、ドラゴネ氏とフィアラー氏が10倍量の土壌を分析すれば、ロバーツ・マシフやシュローダー・ヒルでも見つかるかもしれないと考えている。
火星の生命探査に役立つ
このような標高が高い場所の乾燥した土壌は、火星における生命探査の精度を高める役に立つだろうと、米フロリダ大学で南極の微生物を研究するブレント・クリストナー氏は考える。
氏が例に挙げるのは1976年に火星に着陸した探査機バイキング1号と2号による生命探査実験だ。火星で実施されたその実験は、南極沿岸のドライ・バレーという低地における土壌研究に基づくものだった。その土壌には微生物のほか、場所によっては、小さなワームやその他の動物も生息していた。
ドライ・バレーと比較すると、より標高が高く乾燥したロバーツ・マシフやシュローダー・ヒルの土壌のほうが、火星での探査装置の実験を行うのに適しているかもしれない。
「火星の表面はすさまじい環境ですから」とクリストナー氏は言う。「そこで生きられる地球の生命体はありません」。少なくとも火星の表面から地下数センチ以内では生存できないという。火星の生命探査に向かう宇宙船は、地球でいちばん過酷な場所で準備をしていくべきだろう。
(文 DOUGLAS FOX、訳 稲永浩子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年6月19日付]
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